Vol.55 「とりあえず信頼する」重要性
飛行機に乗るときに、パイロットの経歴や能力を気にする人はいないはずです。医師に対しても、かつては同様の「漠然とした信頼感」を持っている人が多かったのです。ところが、昨今の行き過ぎた権利意識や医療への過剰な期待から生み出される不信感が大きくなり、患者はまず医療者を疑ってかかることが正しい姿勢であるという思い込みが広がってきました。その結果、医療者も過敏とも言える防御的に反応することが増えてきました。
現代医療の最大の問題は、医師・看護師不足でも、医療費の増大でもなく、医療の送り手と受け手の間に信頼関係が築きにくくなったことです。医療改革と呼ばれているものの多くが、わざわざ時間とお金と労力をかけて不信感を増長させるシステムを造っていると思えてなりません。
日本人は西洋人に比べて、他人を信頼する傾向や自分を犠牲にしても集団のために協力する傾向が強いと思われています。ところが、山岸俊男著「安心社会から信頼社会へ」の中で意外な調査結果が示されています。日米両国で約3600人に対して行われた3つの質問-①大抵の人は信頼できると思いますか、②他人はスキがあればあなたを利用しようとしていると思いますか、③大抵の人は他人の役に立とうとしていると思いますか-に対して、①で「大抵の人は信頼できる」と答えたのは、米国の47%に対して日本は26%、②で「そんなことはない」と答えたのは、米国の63%に対して日本は53%、③で「他人の役に立とうとしている」と答えたのは、米国の47%に対して日本は19%でした。つまり、米国人の方が他人に対する信頼感が強いということです。他にも、信頼関係が必要となる場面で、見知らぬ他人に対して協力する傾向は米国人の方が強いという結論も出ています。
日本人が「信頼」を示すのは特定の集団内においてだけなのではないでしょうか。つまり、素性が全てわかっている小さな村社会では、相互監視が可能だから安心して信頼できるということです。政治家は口を開けば「安全と安心」を売り物にしますが、医療は危険がいっぱいで、安全とは真逆の世界です。また、無条件で安心できる社会は現代日本では無い物ねだりに等しいでしょう。だからこそ、とりあえず信頼関係を多くの人と結べる能力が、これからの社会における生き残り戦略として重要になると思うのです。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 平成23年1月15日(土) 掲載