Vol.303 お尻は洗ってほしいと思っているでしょうか
「ウォシュレット」で知られる温水洗浄便座は、医療・福祉向けに米国で開発され、1964年に東洋陶器(現TOTO)が輸入しましたが、あまり広まりませんでした。1967年に伊奈製陶(現LIXIL)が、日本人に合わせた国産品を発売しましたが、広く普及したのは1980年に東洋陶器が発売したウォシュレットです。1982年に始まったテレビCMで用いた「お尻だって洗ってほしい」というキャッチコピーが大当たりして、温水洗浄便座の代名詞となり、今では普及率が80%を超えています。由来は、レッツ・ウォッシュ(Let's Wash、洗おう!)だそうです。
ここから尾籠(ビロウ)な話になりますがお許しください。数年前に妻との口論が、「誰がアンタのウンコの付いたパンツを洗っていると思ってるの!」とトドメを刺され終了したことがあります。入浴時に自らパンツを確認し深く反省した私は妻に謝罪の気持ちから、その後は石鹸で手洗いしてから洗濯籠に入れるようになりました。「探偵!ナイトスクープ」というTV番組で、「大人の男は誰でもウンコをちびったことがある?」という真面目な検証をしていたことを思い出し、まあ仕方ないかと思っていましたが、若い頃よりも汚れが増えたことにも気づきました。その時は、老化で肛門の締まりが悪くなったせいと思っていましたが、数年前に外国の医学雑誌で、肛門洗浄をすると、直腸内に入った洗浄液が浣腸と同じ原理で、高齢の男性では便失禁が起こりやすくなるという論文を読みました。それ以来、洗浄は最低の水圧で短時間で済ませるようになり、今でもその習慣は続いていますが、最近では便の汚れが減ったような気がします。
仕事柄、多くの人の肛門を直視し、指や器械を挿入することも多いのですが、やはり昔よりも便が付着している肛門を見る頻度が増えた印象があります。肛門疾患の多くは生活習慣病であるため、排便習慣について問答すると、ほとんどの人が肛門の洗浄を行っていることがわかります。患者さんには、「紙でゴシゴシと強く拭くのはダメですが、勢いよく長時間洗うのもやめたほうがよいです」と言います。その他には、排便時間は3分程度にしてトイレに長居しない(その代わり回数が増えてもよい)、便意がないのにトイレにいかない、便意があったら我慢しないでトイレに行く、肛門を洗浄する際には肛門を広げて奥に洗浄液を入れない、などの助言をしています。現代社会は、清潔志向が過剰です。口や鼻に比べると、肛門から病原微生物が入ることは稀です。口から食道や鼻から喉の奥と、肛門の表面は同じ系統の細胞(扁平上皮)で覆われていますが、これは外界からの刺激に強く、表面を保護する役割を担っています。胃や直腸は別の系統の細胞(円柱上皮)で、直腸を保護する肛門は非常に短いのです。短いバリアで体内を保護している肛門は知的で弱い門であり、無理に開けてはいけない門なのです。手と同じくらい肛門をきれいにすることは、有害無益とは言いませんが、有害小益であることは確かです。
ある肛門科のベテランの専門医が一般雑誌に、よく洗浄する人ほどに、肛門に便やトイレットペーパーが付着していることが多くなったと指摘し、過剰に洗浄すると皮脂腺が破壊され、色素沈着やかゆみが起こり、皮膚が炎症を起こして硬くなり肛門が狭窄して便が出しにくくなると記述していました。さらに、洗浄することでウイルス感染が起こり、通常は肛門性交で見られる尖圭(センケイ)コンジローマまでできることを学会で報告しています。肛門に便が着いていると、肛門はただれやすくなりますが、徹底的にきれいにしようとすると、逆に便がたくさん付着することになります。まさに過ぎたるは猶及ばざるが如しです。パンツの汚れがひどい人は、一度洗浄をやめて、やさしく拭き取るほうがよいと思います。とにかく強く洗うことはやめましょう。皆さんが考えるほどお尻は洗ってほしいと思っていないはずです。