医療法人徳洲会 新庄徳洲会病院

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院長の偏屈コラム/病院ブログ 院長の
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新庄徳洲会病院 院長の偏屈コラム/病院ブログ


掲載日付:2025.01.15

Vol.290 韓国の医療情勢から学ぶことは?

 徳洲会では、毎月、全国の病院長・看護部長・事務長が集まるセミナーがあります。そこでは経営状況の分析と今後の方針について話し合われますが、変化していく医療情勢も話題になり、中でも研修病院として全国有数の組織であるため、医師対策も主要なテーマになります。近年では、海外に留学して医師免許を取得した後に日本の国家試験に合格した日本人医師以外に、日本で勤務するために来日する外国人医師も増加しているので、彼らの動向も対象になりますが、昨年11月の会議で報告された韓国の医療情勢は衝撃的でした。それは、医学部の学生1万9千人のうち97%が授業をボイコットし、卒業予定者3200人中300人しか医師国家試験を受けないというものです。日本では考えられないことです。2020年の国別医療調査では、医療水準が世界93ヵ国中2位(1位は台湾、3位は日本)という韓国で、一体何が起こっているのでしょう。

 韓国の国土面積は日本の約1/4、人口は約1/2ですが、日本以上に都市部への人口集中が進んでいるため、ソウルの人口密度は東京や横浜の3倍もあり、医療機関も圧倒的に都市部に集中しています。また、出生率は世界最低レベルで、少子高齢化の進行速度は日本以上です。医師数は日本の半分程度なので、人口あたりの医師数はほぼ同数で、両国ともに経済協力開発機構(OECD)加盟国では最低水準です。このような中で韓国政府は、2025年から医学部の定員を3058人から一気に5058人に増やすと発表しました。特に地方の医師不足を解消するため、増加する2千人のうち6割は「地方限定募集」としました。また、公立の医科大学を新設することを医師会を無視するような形で進め、さらに入試に筆記試験免除で親のコネで入れる枠があることが発覚しました。このようなことが原因で既得権益を奪われる現役医師の反発が爆発し、大規模なストライキが起こり、その影響が学生に広がり、国家試験拒否にまで至ったようです。

 以前のコラム「直美を知っていますか」で取り上げたように、韓国では美容外科が盛況で、その理由の一つに医師が都市部で重労働なしで高収入を得られるということがあると述べました。逆に、地方勤務や重労働の診療科が嫌がられ、地域や診療科によって医師が偏在するのですが、その傾向は日本よりも強いと思われます。さらに、韓国の人口当たりの看護師数は、日本の1/4程度であるため、不足する医師の労働を医師以外の職種で補うことが難しいことが想像できます。国民にとっては日本よりも厳しい医療環境にありながら、医師の職場放棄や国外流出が現実のものとなっています。国民の利益を考えると政府の進める政策が支持されるような気がしますが、医師のストライキに対し、国民の命を犠牲にするという批判よりも、政府のやり方への怒りが上回ったようです。このストライキの影響で大量の学生が、医師国家試験受験を放棄し、政府も学生に国家試験を受けるチャンスを与えませんでした。

 このような混乱の中で、日本以上にエリート意識の高い韓国人医師は、海外への脱出を考えています。現役医師のうち、2万人が米国、8千人が日本での仕事を希望しているとのことで、実際に年間40〜50人の韓国人医師が日本の医師免許を取得しています。韓国ほどの極端なことは起こりにくいでしょうが、我が国も同様の道を辿っています。医学の進歩の恩恵をこれまで通りの軽い経済負担で享受できると考える国民が多い中で、医師不足や愚かと言うしかない働き方改革で医療の供給体制が脆弱になり、経済が低迷するにも関わらず医療費は高騰しているのです。医療の質と医療へのアクセスの公平性を保ちながら、経済情勢に合わせて優先順位をつけて医療体制を維持するしかないのですが、そのためには、ある程度の不幸を受け入れる覚悟を持った国民と私利私欲に走らない政治家と官僚の割合が一定以上いることが必要条件です。

掲載日付:2024.12.18

Vol.289 高齢者が運転免許を返上する前にすべきこと

 10月26日に飯塚幸三受刑者が、関東地方の刑務所で老衰のため93歳で死亡したという報道がありました。彼は2019年4月に乗用車を運転中に暴走させ、横断歩道の通行者などをはねて11人が死傷した「池袋暴走事故」を引き起こしました。ブレーキとアクセルを踏み間違えたことが事故の原因という検察側に対して、車に原因があったと主張しました。2021年の一審で禁錮5年の実刑判決を受け、控訴せず遺族にも謝罪し服役中でした。彼は、東大工学部を卒業後に通産官僚を経て、機械メーカーの副社長となり、叙勲もしています。救急搬送され入院し、取り調べには耐えられないと警視庁が判断し、逮捕は見送られました。エリートだからこその特別扱いと、当時は「上級国民」という言葉が流行しました。アクセルを踏み続けたにも関わらず、その記憶がないのは、事故当時に意識レベルが低下していたのではないでしょうか。意識障害になった原因を調べたという報道はありませんが、彼はパーキンソン病という神経難病のため通院し薬を処方され、主治医から運転は控えるようにとも言われていたそうです。

 高齢者は自動車の運転を控えろという風潮は近年非常に強くなり、免許の更新にも手間がかかるようになりましたが、本当に高齢者は事故を起こしやすいのでしょうか。免許保有者10万人当たりの交通事故件数は、16~19歳が最も多く、次いで20~24歳で、85歳以上が続きます。35歳~69歳はほぼ横ばいで、70~74歳から上昇し始めます。死亡事故に限ると、高齢者が若年層を少し上回っていますが、高齢者が重大事故を起こすとマスコミは大々的に取り上げるため、「高齢者は危険」というイメージが定着したような気がします。実際、多くの自動車保険では運転者を3段階に分けて、若者が運転するものは保険料が最大で3倍程度になります。営利企業である会社は損害を被らないように保険料を設定するので、若年者のほうが高齢者より危険とみなしているのです。当地のような人口減少地域では、回覧板を届けるのにも車が必要ということもあります。公共交通機関が貧弱な地域の高齢者から自家用車という移動手段を奪うと、行動が制限され閉じこもりがちになり、身体機能だけでなく認知機能も低下します。

 米国内科学雑誌(JAMA)の10月号の論文で、高齢者が起こした衝突事故で、約80%が運転に影響を与える薬物を使用していたと、精神科医の和田秀樹氏が指摘しています。この論文の趣旨は、事故の後も多くの人は薬を継続しているということですが、自動車社会の米国で多くの高齢者が運転に影響が出る薬物を使用していることが確かです。実は驚くほど多くの薬剤が、運転禁止または注意が必要とされています。睡眠薬・抗精神病薬・抗不安薬・抗てんかん薬・抗うつ薬のほぼすべてが該当し、普通のかぜや花粉症の薬・鎮痛薬など広範囲にわたり、貼り薬や目薬でも注意が必要なものがあり、市販薬も含まれています。また、高血圧や糖尿病の薬で、血圧や血糖が低下すると、意識が低下することがあり、注意を要する薬はゆうに千を超えます。

 このような事実はあまり知られていませんが、啓発が進まないのはなぜでしょうか。和田氏は、マスコミのコマーシャル収入に占める製薬会社の影響が大きいことを指摘しています。その他には、日本人の薬好きと医者の不勉強と怠慢があると思います。「治療=薬」という意識が強すぎる患者と、製薬会社の言いなりに治療を行う勉強不足の医師(私も含めて?)の存在、さらに昔ほどではないにしろ、薬を出さないと儲からないという制度も関係していそうです。飯塚受刑者が運転を控えるべきだったことは間違いないでしょうが、この事件は、自分の薬に関心を持ち、その危険性を知り、自分が生きる上での優先順位を考えて、薬を減らせないかを医師と相談することも大事だと教えてくれているような気がします。

掲載日付:2024.11.28

Vol.288 「直美」を知っていますか?

 今回の「直美」とは、人名の「なおみ」ではなく、「ちょくび」と読み、近年になり現れた医師のことです。平成16年から、医学部を卒業し医師国家試験に合格すると、基本的な知識や技術を習得するための初期研修を、厚生労働大臣の指定する病院で、通常は2年間受けることが医師法で定められています。目的は、医師としての人格を涵養し、将来の専門分野にかかわらず通常の診療において適切に対応できる能力を身につけることです。初期研修では、内科や外科、救急・麻酔科などの診療科で基礎を習得し、3年目からは、専攻医として専門科での本格的な修練を積みます。「直美」とは初期研修を終えてすぐに美容医療に進む医師を指し、「直ぐ」に「美容医療」に進むという意味で「直美」と呼ばれるようです。このような医師は、以前は極めて稀でしたが、美容医療の需要が増加し、若手医師の進路の選択肢になりました。実数は不明ですが、数年前にある週刊誌のコラムで初期研修後に約200人が直美になるという記事を読んだ記憶があります。毎年8000人以上が医師になっているので、2%程度はいることになります。

 美容医療の対象は基本的には健康人なので、保険診療ではなく自由診療で行われます。具体的には、目の下の脂肪を取る「クマ取り」、目の下にヒアルロン酸を注入する「涙袋」の作成、永久脱毛などが多く、比較的単純な処置なので経験の少ない医師でも対応ができるようです。美容クリニックの多くは都市部にあるので、医師も生活拠点を都市に置くことが可能で、労働時間が短く、緊急事態が少なく、その割に収入がよいということで、若手に限らず美容外科を目指す医師が増えています。美容医療大国のお隣の韓国では、日本以上に医師不足が深刻ですが、美容医療に進む医師が多いこともその一因となっているようです。

 私は医者になって41年目で、今でも外科医のつもりですが、美容外科には興味がありません。もちろん美容手術を受けることで、人生が明るくなる人もいるでしょうが、病気や怪我の患者さんにしか関心が持てないのです。もちろん術後の見た目は大事だと考えて、可能な限りきれいに仕上げるようには心がけていますし、乳房を小さくする手術や乳癌で乳房を失った人の再建にも興味がありますが、小さい乳房を大きくしたいという人とは関わりたいと思えないのです。

 昔に比べてテレビには美男美女が多数を占め、たまに見ると皆が同じ顔に見えます。これは化粧の発達もあるでしょうが、美容医療を利用している人が多いのかもしれません。「見た目で人を差別してはいけない」と言いながら、外見至上主義(ルッキズム)を平気でやっているのが今のテレビ業界ではないでしょうか。高校生男子が、1時間かけ身なりを整えるのは、私のような時代遅れの人間には時間の無駄としか思えませんが、美容医療の需要が減るということは、日本がもっと貧しくならない限り無理だと思います。供給も同様です。偏差値秀才から順に医学部への進学を勧める教育環境で医師になった若者が、「働き方改革」という名の「労働は美徳にあらず、苦役である」という風潮の中で、苦労して知識や技術を身に着けて患者さんに感謝してもらうことの喜びを感じることは難しくなりました。多額の税金を使って取得した医師免許が、美容医療に注がれるのは不健全であるだけでなく、国民の不幸を増やす可能性さえあります。私はタトゥーにも興味はありませんが、あれは医療行為というよりは装飾であり、医師よりも彫師がやったほうがうまくいきます。同じように、美容医療を一般医療と分けて、新たな資格を作り、低コストで提供するシステムを作るほうが、医療への負荷も減り、受け手も満足するような気がしますが、「楽して金を儲ける奴が勝ち組」という風潮がある限り難しいのでしょうね。


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