医療法人徳洲会 新庄徳洲会病院

menu open

院長の偏屈コラム/病院ブログ 院長の
偏屈コラム
ブログトップ

新庄徳洲会病院 院長の偏屈コラム/病院ブログ


掲載日付:2025.06.18

Vol.296 謝罪・訂正しないことが流行る社会

 6月8日に大阪キー局である読売テレビで放送された「そこまで言って委員会NP」には、新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長だった尾身茂氏が出演していました。東京キー局のテレビでは扱えない話題でも、地方局は取り上げることがあるので、インターネットでTVerを使って視聴しました(7月6日まで視聴可能)。氏の発言と、それに対する反応が注目されました。

 コロナワクチンに対しては、「残念ながら感染予防効果はあまりなかった」と氏は述べていました。あまりなかったということは少しはあったようにも取れますが、科学者としては、「感染予防効果は統計学的に有意な差を証明できなかった」とするべきで、あるかないかと問われれば「あるとは言えない」というのが妥当です。感染予防効果がないなら、若者などの重症化率や死亡率が極端に低い人がワクチンを接種する意味はなくなりますが、実際には「思いやりワクチン」と言って高齢者や基礎疾患がある人を守るために若者も積極的に接種すべきだと喧伝されていました。尾身氏は、自分は初期から感染予防効果がないのだから接種は任意であると発言していたとのことですが、彼は少なくとも第8波の前までは若者も積極的に接種するように発言しており、番組内でも疑問が呈されましたが、尾身氏はそれは自分の考えではなく政府の見解を説明したというものでした。科学者が自分の考えと異なることを発表するのは如何なものでしょう。そもそも辞退すれば済むだけです。実は、政府広報からもワクチン推奨動画は出されていましたが、今では削除されています。また、同番組で橋下徹氏は、メディアがワクチン接種を煽りすぎたと主張していましたが、彼は若者には旅行や酒席に参加する資格として強制的にも射たせるべきだと、同時期にテレビ番組で堂々と主張していました。インターネット番組では有名なインフルエンサーが、接種しないのは人殺しだとさえ発言しています。

 ワクチンの救済認定による死亡事例は1000件を超え、過去すべてのワクチンの151例を大幅に上回りましたが、ほとんどすべてが「情報不足等によりワクチンと死亡との因果関係が評価できないもの」に分類されていることについて尾身氏は、我が国ではこれを検証するシステムがないので難しいとコメントしていました。しかし彼はそのシステムを作ることに尽力したとは思えません。確かにそれは彼の仕事には含まれていないでしょうが、彼ほどの影響力がある人が今後のためにも検証システムを整備するよう発言さえしないのは理解できません。

 当時ワクチン接種を勧めていた政治家や専門家や有名人でその発言を撤回したり訂正した人はいないように思います。まして不見識を恥じて謝罪した人は皆無でしょう。ところが、コロナ騒動で有名になった専門家の中には、出世を遂げた医師は片手では足りません。彼らの多くはダンマリを決め込むか屁理屈をこねるかという態度です。尾身氏が理事長を務める病院機構が多額の補助金を得ていながら、病床を十分に活用せず、さらにそれを資産運用に回していたことが番組で話題にされなかったのは事前に打ち合わされていたのでしょう。この番組の構成は不十分ではあるものの、彼がこのような検証番組に出演したことは評価します。私は彼の発言内容には疑問を持ちますが、意外なことに世間の彼への評価は好意的なものが多く、彼の著書「1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録」もアマゾンでは4.2と高評価です。私のような無名の医者の意見はさておき、専門家ほど自己の言動が誤っていたときや考えが変わったときにそれを公表するのをためらう傾向があるように思います。「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」は、孔子の言葉で、過ちを犯してもそれを改めないことこそが本当の過ちであるという意味です。謝罪や訂正をすることは決して恥ではなく、むしろ日本人の美徳だったはずです。

掲載日付:2025.05.28

Vol.295 黄緑と薄紫の季節

 先月、研修医時代の仲間だったN君から著書が送られてきました。彼は、40年以上前に別々の大学を卒業して、同じ病院で医者としての道を歩き始めた10人の中の一人です。ある政令指定都市の精神科医として小さな子どもから思春期までの若者に向き合って来た軌跡を、定年を機にまとめた彼の三十数年の集大成と言える本です。N君は優秀なだけでなく、私とは対照的な明るい性格で、周りから愛されていましたが、その後も存分にその強みを活かして活躍していたことが文章から伝わってきました。長年にわたって多くの若者とともに紡いできた心のカルテを読んでいると、彼の真摯で明るい人柄が伝わってきます。趣味も多彩で、文学や芸術の造詣も深く、スポーツも続けており、若者と話が合うように若者文化にも親しんでいます。一緒に過ごしたのは2年間でしたが、その後も時々連絡があり、2年前に山形での研究会の際にわざわざ新庄まで訪ねてきてくれて以来、メールのやりとりをするようになりました。

 私は、10年以上にわたって1日130km以上の長距離を車で通勤していましたが、2年前から単身赴任生活になり、月に2〜3度の新幹線移動をするようになりました。以前は季節を肌で感じていましたが、今は病院とアパートの直径3km以上離れたところへ行くことがほとんどなくなり、季節はおろかその日の天気にも鈍感になってしまいました。5月半ばに新緑の中を進む東北・山形新幹線からは、田起こし前から田植えが終わった水田の風景が続きます。特に山形県内の山中では、雪に覆われた景色に変わって常緑樹の深緑と対照的な「萌えいづる新緑」の黄緑が車窓の間近に続きます。その中に見え隠れする枝垂れるヤマフジやベル型のキリの薄紫色は、ことさら美しく思わず見とれてしまいます。私の出身高の校名に「紫」が入っていたので、部活のユニフォームも薄紫色であったからか大好きな色です。

 N君の本は、地元紙に連載されたコラムが中心なため一編一編は比較的短く、老眼の私にも読みやすい大きな字で書かれているので新幹線内で読むには最適です。ふと外を見た時に、前述の景色が広がり、「山笑う」という春の季語がピッタリだなと思ったのは、N君の文章に、万葉集から俵万智までの詩歌がたびたび引用されていたからです。春の野の歌でも読めればよいのにと頭をめぐらしてみましたが、全く反応しません。中学高校の同級生が、新聞などに掲載された自作の俳句や短歌をメールで送ってくれるのですが、17文字や31文字のような短さで何かを伝えることができる才能には感心します。私は人前で話すことや文章を書くことが多い方ですが、短い時間や文章で伝える技術は本当に難しいと思います。職員には短く要領よく話すようにと言いながら、自分は会議での話が長いと不評を買っています。また、カルテは文学ではないので、読み手を感動させる必要はなく、わかりやすくだけでなく、誤解されないように、ただ一通りの解釈しかできないように書くようにと強調していますが、これも自分では実践できてはいません。

 私のコラムを読んだ知人の医師に、「君の文章は怒りに満ちている」と指摘されたことがあります。確かに、医療やその他の社会制度の矛盾や問題点を取り上げて、少し上から目線で理屈っぽく怒りを込めて書いていることは認めざるを得ません。もともと地元のフリーペーパーに依頼されて始めたものですが、それが終了後も継続しているのは、自分が気になったことを自分の頭に刻み込み整理するためでした。職員へのメッセージや数少ない友人へ生存確認でもありましたが、予想以上に読まれていることを考えると、怒りを抑えてN君のような文章も書けるようになりたいと思いました。N君、少しは君に近づけたでしょうか。自分で読み返すと、やはり私には「優しさ」よりも「怒り」が似合う気がします。

掲載日付:2025.04.28

Vol.294 才能と努力、そして運までも…それでもできることは?

 新入職員へのお話の続きです。「才能と努力と運」について自分が考える最新版を話しました。人が事をなすには、才能がある人が、努力を重ねて、さらに運をつかむことが必要だとこれまでは思っていました。才能は遺伝の影響を強く受けています。それに対して、努力は遺伝とは無関係と考えられがちですが、努力を継続する能力も30%〜50%程度は遺伝の影響があることが行動遺伝学の世界では常識になっています。つまり、「努力できる遺伝子」が存在するということです。もちろん、全てが遺伝ではなく、環境や個人の経験も大きく影響するので、努力を継続する能力は、遺伝と環境の相互作用によって決まる複雑なものと言えます。

 私はこの話を聞いたときに、徳洲会の創業者である徳田虎雄先生はまさに「努力の天才」ではないかと思いました。貧しい徳之島という離島に生まれ、受験秀才とは言えない身から、恐ろしいほどの努力を重ね、大阪大学医学部に合格し、医者になってからは、「生命だけは平等だ」という体験から得た不屈の信念で徳洲会を興し、救急医療や僻地医療を展開し、民間最大の医療グループにしました。彼はしばしば自分の努力を「無茶苦茶な努力」と表現しています。一方で、発明王エジソンの名言に、「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」というものがあります。一般的には、これは努力の重要性を説いていると思われていますが、エジソン自身は自分が成功したのは才能があったからだという「ひらめきの重要性」を強調したという説もあります。

 成功には才能と努力が不可欠であることは間違いないでしょうが、その2つがあっても運に恵まれなければ大成することは難しいでしょう。大谷翔平選手には稀有な才能があり、ひたむきに努力を重ねたから大選手になったことに異論はないでしょうが、彼と同等の才能があり同様の努力を重ねても、運悪く怪我をして野球の道を断念した選手はいるかもしれません。運はまったく偶然の産物と思われがちですが、実はこれにも遺伝が関係しているということが行動遺伝学では常識になっています。運が遺伝するというのは、考えれば当たり前かもしれません。重大な交通事故を起こす確率は、私と私の妻では私のほうが高いはずです。それは私のほうがカッとしやすい性格だからです。性格の多くは遺伝が影響しています。幸い今のところ免れていますが、ひょっとすると自分が「危ない人」であると自覚していることは役に立っているからかもしれません。 

 運までも遺伝の影響を受けるなら、遺伝がすべてと考えてしまいそうですが、これは個人的にも間違っていると思いますし、学問的にも否定されています。運が遺伝に左右されるのは一部であり、遺伝しても発現しない形質もあります。遺伝と環境は相互に影響するのです。遺伝はあらゆることに影響することを理解した上で、どうするかを考えることが重要です。凡人が才能だけで漫然と生きている人に勝つことは珍しくありません。「昨日の自分」であると想定した他者を凌ぐことは、自分の進歩の目安になります。努力を継続するためには、一つは良い習慣を身につけること、もう一つは好きになることだと思います。食生活・睡眠・運動などで自分の能力を最大化する習慣を身につけることは、凡人の手が届くところにあります。好きなことには時間を忘れて夢中になれるので、苦にせずに努力を継続できます。好きなことを仕事にすることは難しいかもしれませんが、自分の仕事を好きになるのは意外とできることがあります。勤労は国民の三大義務のひとつなのだから、とにかくやってみることです。仕事を好きになるように3年間ほどこの病院でやってみてください、どうしてもだめなら別の道を歩けばよいし、別のことをやることで今まで気付けなかった自分の才能が花開くこともあります。と、話を締めくくりました。


menu close

スマートフォン用メニュー