Vol.318 医療は贅沢品になったほうがよいのかも
和田秀樹氏と木村盛世氏の共著(対談本)「その医者から逃げる勇気」を発売当日に購入し読みました。二人とも私とほぼ同年代で、これまでも日本の医療の問題点を、活字や映像媒体で取り上げてきました。無駄な医療や過剰な医療については、大いに共感しこのコラムで取り上げたこともあります。和田氏は精神科医、木村氏は厚労省の医系技官を勤めた公衆衛生の専門家です。二人に共通するのは、米国での勤務経験があることと、現在の医療制度を継続するのは財政的に不可能なだけでなく、弊害のほうが強いという認識を持っていることです。
第1章では、高齢者を薬漬けにして、健康を蝕んでいる上に、無駄な医療費をかけていることを指摘しています。第2章では、健康診断について取り上げています。劣悪な労働環境に起因する健康障害が深刻で、結核も蔓延していたために、病気を早期に見つけるために20世紀前半に始まった検診が、1970年代から一般の労働者に広がり、その有用性が過大評価されて今では国民全体に広がりました。さらにメタボ健診や癌検診を行うことで、病気を早期に発見し治療することが絶対的な善として周知されました。多くの場合、その効果は検証されることが稀で、病人を増やすだけになったような気がします。高血圧の基準が下がったのも同じ現象です。癌の早期発見で得をした人は強調されますが、損をした人は取り上げられず、功罪の比較もされません。私は、少なくとも高齢者で症状のない人が癌検診を受けるメリットはないと思います。
第3章では、科学的根拠が不十分な医療を保険適応としたために、医療費が膨大になったことを指摘しています。医学が進歩するにつれて、様々な新薬や医療機器が開発され、劇的な効果が喧伝されていますが、その中には費用対効果が悪いものが少なくありません。例えば、アルツハイマー病の治療薬には、生活習慣を改善するよりも効果があるのかとか、もともと悪性黒色腫の治療薬だったオプジーボの適応が様々な癌にも適応されるようになりましたが、末期癌への延命効果はどの程度なのかなどの疑問を木村氏は投げかけています。公的保険で保証するほどの国民の利益があるのかということです。このような現象は、既得権を守ろうとする勢力と新たに公金を搾取しようとする勢力が、政治勢力に働きかけていることが要因の一つと言えます。
第4章では、米国のように医療を贅沢品にすることが日本の医療を救う鍵になると述べています。私は、国民皆保険を守るためには費用対効果が悪い医療を保険適応にしないことは賛成ですが、米国型の保険制度を真似ることには抵抗がありました。米国の公的保険の対象は、高齢者と低所得者だけで、それ以外は民間保険に加入するため、結果的に多くの無保険者が生じました。民間保険は費用対効果を厳密に評価するので、不適切な医療は行われないと両氏は主張しますが、利益追求が最優先になることで適切な医療を受けることまで制限されます。米国の最近の動向は把握していませんが、少なくとも十数年前までは「市場原理が医療を亡ぼす」というタイトルの本があったように、富裕層が受ける医療と貧困層が受ける医療は全く別物で、中間層は大きな病気になると貧困層に転落する社会だったはずです。確かに、労働人口が減少し、経済が停滞し、医学だけが進歩する中で、現在の国民皆保険制度を適切に維持するのは至難の業だと私も感じます。不確実な医療を保険適応からはずし、「人生100年」などという甘い台詞よりも、高齢者には穏やかに過ごせる環境を作るための医療と介護をと周知すべきです。私の世代は、若い頃に高度経済成長の恩恵を受け、未来に希望を持てました。我々は「逃げ切り世代」と今の若者からよばれるでしょう。ただ正直に言うと、この本を読んで医療が贅沢品になったほうがよいのかもしれないという気もしてきました。読みやすい本です。医療を考える材料には最適です。