Vol.102 50倍高い薬はどれくらい効くのか?
新しく開発された薬は、効果が優れ副作用が少ないことが売り文句ですが、価格に見合うかの評価は甘いような気がします。
脳梗塞の再発を予防するために、「血をサラサラにする薬」ー抗血小板薬といって正確には「血を止まりにくくする薬」ーが処方されます。もともと鎮痛剤であるアスピリン(商品名バファリンなど)はこの目的で長く使われていました。これに対して新しく開発されたのがクロピドグレル(商品名プラビックス)で、2011年の売上高は、全世界で約970億ドル、日本では1021億円で、どちらも第2位という大ヒット商品です。プラビックスはバファリンに比べて、脳梗塞の再発率が低く、副作用が少ないというのが特徴です。
どちらの薬にも胃潰瘍を起こす副作用があり、本来の作用で血が止まりにくくなっているので、大出血をきたすことがあります。プラビックスはバファリンに比べてこの合併症が3割くらい(0.49%対0.71%)少ないのですが、頻度が低い合併症なので、薬を変更することで得をする人は、500人に1人くらいです。プラビックスは、頭の中の出血も少なくなります(0.31%対0.42%)が、下痢や発疹や肝機能障害などは逆に多くなります。
肝心の効果はどうでしょうか。信頼性の高い研究で、脳梗塞の年間再発率が、プラビックスで5.32%、バファリンで5.83%という報告があります。統計学的にはプラビックスが勝るのですが微妙な差ですね。
価格を比べてみましょう。1日量でプラビックスの270円に対して、バファリンは5.6円で、約50倍の差があります。一般の商品であれば、この差は異常です。乱暴な話ですが、プラビックスを全部バファリンに変更すれば、それだけで医療費は1年で1000億円近く節約できます。
新薬の開発には莫大な費用を要します。それを回収するためには発売後数年間が勝負です。製薬会社は金儲けだけを考えているわけではないですが、金儲けを考えていない製薬会社がないことも事実です。日本の医者は、薬を処方するときに価格のことは考えずに、少しでもよい薬を出す傾向が強く、製薬会社の宣伝用パンフレットが参考にされることは少なくありません。
医学の進歩は同時に医療費の増大を招き、誰もが最善の医療を受けようとすると、国民皆保険制度が危機に瀕する可能性さえあります。それを防ぐ目的で何らかの制限が必要になった場合に、次善の医療で我慢できる人がどれくらいいるでしょうか。等しく医療を受けられるシステムを守るのが難しい理由はこの辺りにもあるのです。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第733号 平成26年1月15日(水) 掲載