新庄徳洲会病院

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掲載日付:2024.01.10

Vol.273 新しい形の焚書!

 昨年12月5日に大手出版のKADOKAWA(旧角川書店)が、年明けに刊行予定であったアビゲイル・シュライアー著『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』(岩波明監訳)の刊行を中止すると発表しました。同社は「タイトルやキャッチコピーの内容により結果的に当事者の方を傷つけることとなり、誠に申し訳ございません」とコメントを出しました。原題は「Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters」で、私の直訳では「取り返しのつかないダメージ;私たちの娘を誘惑するトランスジェンダーの狂気」となり、訳本のタイトルのほうが軟らかい表現のような気がします。

 著者は米国の女性ジャーナリストで、内容は性自認に疑問を持った思春期前後の女性が、手術やホルモン治療を受けた後に、元の性に戻りたくなっても戻れなくなった例200人以上を取材した記録です。2020年に出版されてから欧米で高い評価を受け、我が国でも翻訳出版される意義が高いと思います。このタイトルがトランスジェンダーの当事者を傷つけるものとは思えません。差別を助長するという一般市民を名乗る少数の執拗な抗議活動によって、業務を妨害された出版社が音を上げて、決断したものと言えます。

 翻訳本の原稿を読んだ人によると、同書は性自認に基づいた性転換をすべて否定するものではなく、生まれながらの性に違和感を持つ思春期前後の女性が性転換を受けた影響を調査したものです。いわゆる「性同一性障害」は圧倒的に幼少期の男児に見られるもので、人口1万人に1人の頻度でしたが、2010年頃から思春期前後の女性を中心にして数十倍に急増しました。その多くは教育水準の高い白人で、自分が属するグループにトランスジェンダーの友人が一人以上いるという特徴があります。現在欧米に広がっているトランスジェンダーは、若い女性の流行と言える現象で、それを一部の医師を含む大人たちが後押しして、性に違和感のある者に、乳房を切除したり、ホルモン療法を受けさせている異常な社会現象であると著者は指摘しています。その結果、元の性に戻りたくなってもそれができない「取り返しのつかないダメージ」を受けた人の声を届け、その上に、同意しない保護者が「虐待」や「差別」と批判されるだけなく、子供への関わりを法的に禁止されている現状を報告しています。私も、医学的に「性同一性障害」と適切に診断された大人が治療を受けることに反対しませんが、思春期の若者がこのような治療を受けることは慎重の上にも慎重を期すべきと考えます。このような事例を冷静に分析した本が、「差別を助長する」という理由で刊行中止になるというのは深刻に受け止めなければなりません。

歴史的に焚書(ふんしょ)とは、独裁者が都合の悪い書物を焼き捨てるもので、古くは秦の始皇帝に、近いところではナチスドイツに、そして我が国でも連合国軍総司令部(GHQ)が大東亜戦争後に7000冊以上を処分した例があります。ところが今回は一般市民が出版社に対して抗議活動を行うというこれまでにないものです。これが成功すると同様のことが次々に起こる可能性が高く、ある個人や団体の発言や行動を問題視して、ネットを使って集中的な批判や不買運動をすることで、対象を抹殺することが常套手段になる危険性があります。日本国憲法21条には、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と明記されており、さらに「検閲は、これをしてはならない」とも書かれています。出版文化を潰すことは、国を潰すことです。一般市民を名乗り、日頃から自由や人権を掲げ、多様性を重んじると訴えている人が、このような行動を取るのはまさにブラックジョークです。気骨ある出版人が立ち上がり、この書籍が出版されることを切望します。


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