新庄徳洲会病院

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掲載日付:2020.05.12

Vol.184 ウイルスは見えないテロリストか?

 ノーベル生理学医学賞の本庶佑京都大学特別教授は、医療崩壊を招かないように緊急事態宣言を早く出すべきだという趣旨の発言を、4月3日のニュース番組でしていましたが、その冒頭で、「ウイルスとの長い闘いの歴史で人類は常に勝利を治めてきました。今回も間違いなく勝利いたしますが、多くの犠牲を払うことは間違いありません」と述べています。人類が自らの手で撲滅したウイルスは天然痘だけで、1980年にWHOが撲滅宣言をしたのをよく覚えています。インフルエンザはワクチンがあるにも関わらず、毎年世界人口の10〜20%が罹患し、300〜500万人が重症化し、25〜50万人が死亡します。我が国でも昨年は約1000万人が発病し、約1万人が感染に関連して死亡したと推定されています。2016年のWHOの統計では、総死亡5690万人中、細菌やウイルスをあわせた肺炎で約300万人、結核で約130万人、以前ほど騒がれなくなったエイズでも約100万人が死亡しています。インフルエンザやエイズは今回の新型コロナと同じウイルス性疾患です。この数字を見ると、ウイルスとの闘いに勝利してきたと言えるのか疑問です。

 新型コロナに対する治療薬が色々出てきましたが、すべて既存のもので、どの程度効果があるかはまだわかりません。有効な抗ウイルス薬ができても、ウイルスが変異して効かなくなることもあります。ワクチン開発も活発に行われ、年内には使用可能になるのではという話もありますが、新しいものはその効果だけでなく副作用の不安もあります。有効で副作用がなくても、どれだけ免疫が続くかも問題です。インフルエンザ程度の効果と持続期間という可能性は十分にあります。悲観的な見方かもしれませんが、劇的な効果をもたらす治療薬やワクチンが登場する可能性は高くないと思います。いったん感染は下火になりそうですが、冬の動向は予断を許しません。今シーズンのようにインフルエンザが減ればいいのですが、ダブルパンチになる可能性もなきにしもあらずです。

 結局のところ、我々は様々なウイルスと共存するしかないのです。「ウイルスとの闘いに勝つ」とか「ウイルスは見えないテロリスト」などの表現が目に付きますが、そもそもウイルスは我々が打ち勝たなければらならない敵なのでしょうか。ウイルスには人に害を加えようという意志はなく、感染した生物が死んでしまうことは、自らの生存環境を失うということになるのでメリットはありません。多くの個体に感染して広がり、できれば個体の遺伝子に組み込まれて、子々孫々に渡って同化した形で生き延びるのが最良です。感染した生物が多様性を獲得することで、有益なことさえあるのです。

 4月6日付の朝日新聞に青山学院大学の福岡伸一教授が以下ような趣旨のコラムを掲載していました。「ウイルスが感染する個体の細胞に接触すると、細胞の表面のタンパク質に強力に結合し、その後も細胞はあたかもウイルスを招き入れるような動きをする。ウイルスの起源は諸説あるが、高等生物から出たものであるという考え方が有力である。高等生物は雄と雌から受け継ぐことで多様性を維持してきたが、それを縦の変化とすると、ウイルスが感染することで新たな遺伝子を受け入れるという横の変化が生じる。さらに同種の個体からだけでなく、時にはブタからヒトへというような種を超えた情報の伝達も可能で、ウイルスは生命の進化に不可避なものと言える。」私には目からウロコのコラムでした。やはり人間社会を維持しながらウイルスと共存できる道を考えるほうが得策だと思います。


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