Vol.182 高齢者を守ることの難しさ
新型コロナによる死亡者を抑えるためには、死亡率の高い高齢者を守ることが必要ですが、これには多くの困難が立ちはだかります。死亡者が多発している欧米諸国では、その1/5〜1/4が施設入所者です。施設にいる高齢者は肉体的・精神的・社会的にハンディキャップを抱えているので、感染が起こると発病しやすく、発病しても症状が出にくいが、いったん症状が出ると重症化しやすく、重症化すると死に至ることが多いのが特徴です。また、近接した環境で集団生活を送っているため、感染が起こると一気に広がることも少なくありません。面会などを制限して接触機会を減らしても介護者は必要です。欧米の報告でも感染源は介護者であることが多く、人手不足のため症状があっても勤務して感染を拡大させたと言われています。我が国でも同様のことが予想されます。人の出入りは最小限にし、介護者はマスクを着用し、手洗いや手袋の着用を勧め、体調の悪いときは出勤しないことを徹底させなければなりません。また、施設では患者が出たらPCR検査を積極的に行うのも有効でしょう。
自宅生活者でも、独居や高齢者だけの場合には、買い物や医療機関への通院を支援する体制が必要です。家族と暮らしている場合には、活動的な若者が高齢者に感染させる危険があります。高齢者自身の問題もあります。高齢になると習慣を変えることが困難です。実際に、私の外来でも診察室に入って椅子に座った途端にマスクを外そうとする患者さんが少なくありません。マスクをしていると私に対して失礼だと考えている人が多いようです。手洗いやうがいも、慣れ親しんだやり方から離れて、正しい方法を習慣にすることが困難です。認知機能が低下するとさらに厄介なことになります。感染防御のルールを守れないことが多く、不潔行為によって感染を拡大させることもあります。500万人くらいいる介護を要する認知症の高齢者を適切にケアすることは非常にハードルが高いのです。更に厄介なことは精神的な援助です。人と接触する機会が減ると、精神の活動性も低下してしまいます。家族との面会が絶たれた患者の孤独は同情を禁じえません。デイサービスが中止になったのと時を同じくして認知機能が急に低下した人が、私の患者さんにもいます。
このような問題に一つの正解はありません。接触機会を減らすことが盛んに論じられていますが、少なくとも家族内では感染機会を減らす努力をするしかありません。換気を行い、マスクを着用し、手洗いとうがいを励行し、自分の顔を手で触らない習慣を身につける、そのような地道な努力しかありません。京都大学レジリエンス実践ユニットの藤井聡教授らが指摘しているように、感染機会を減らす習慣を80%の人が身につけると、接触機会を80%減らすのと同等の効果が期待できるかもしれません。まずはここから始めてみるべきではないでしょうか。
100年前にパンデミックとなったスペイン風邪では我が国だけでも約40万人が生命を失くしましたが、新型コロナと異なり、若年者と高齢者が同じくらい死んでいます。新型コロナでは高齢者を保護することがキーになるのですが、それは容易なことではありません。しかし、考え方を変えれば、若者の生命が失われにくいというのは、社会の損失が甚大になりにくいというのも事実です。高齢者はもともと死に近いところで生きているのですから、基本的なことをしっかりやって、それでも重症化したら、救命率の低い侵襲的な延命処置は行わず、緩和ケアをきちんとすることが重要だとも私は考えています。