Vol.187 抗原検査と抗体検査の問題
新型コロナウイルスの構造は図(宮崎県衛生環境研究所HPから引用)のように、膜の中にゲノムが入っています。5月13日に保険適用となった抗原検査は、膜の表面のタンパク質を抗原として、その抗体が入った検査キットに、咽頭や鼻腔の拭い液を反応させるものです。ウイルス抗原があると、抗原抗体反応が起こり、それが目に見える線として現れます。原理は、インフルエンザの迅速検査と同じと考えてよいでしょう。利点は、現場で約30分で判定でき、しかも安価なことです。欠点は新型コロナウイルス以外のコロナウイルスにも反応する可能性があるので、偽陽性(感染していなくても陽性)がPCR検査に比べて多くなるかもしれないことと、偽陰性(感染していても陰性)はPCR検査より多くなることです。今のところ抗原検査が行われているのは、PCR検査が可能な医療機関のみです。急いで承認されたため、PCR検査と一致するかどうかについて十分なデータがないので、PCR検査と一緒に行っているようです。偽陽性が少ないことが判明すると、陽性患者にはPCR検査は不要になります。精度を向上させるために、内部にあるゲノムと複合体を作っているタンパク質を抗原とする検査の研究も進行中です。また、検体に唾液を使用する方法も試験中で、可能になると簡便になるだけでなく、検査する側の感染リスクも低下します。
抗体検査はどうでしょうか。ウイルスが感染すると、それを排除するために血液中に免疫グロブリンというタンパク質が作られます。抗体が維持される期間は、原則として感染が起こりませんが、その期間はこれまでのコロナウイルスでは8ヶ月程度と考えられています。新型コロナウイルスの抗体を調べる検査キットは30種類以上開発されていますが、その精度はまちまちで、4種類のキットが比較検討されている段階です。今のところ、抗体陽性となっても、今後感染しない保証にならないだけでなく、感染したことがあるのかさえも不明なのです。したがって、特定の個人に行ってもその人の今後の行動に役立つことはなく、複数の集団の感染状況を比較したり、ある集団の感染状況を経時的に調べる、疫学調査として使われるものです。
ところが、この抗体検査を自費(数千円〜1万円)で行うクリニックがあり、企業が自社の職員の不安を解消するために、補助金を出してこの検査を希望者に受けさせていますが、残念ながら先の理由で有害無益と言わざるを得ません。企業が職員の不安を軽減するために行うべきことは検査ではなく、病気や検査の意味を理解してもらうことと、体調が悪いときは早めに、そして十分に仕事を休める環境を整えることです。このような間違った事が行われるのも、専門家と呼ばれる人たちの発言にも原因があるような気がします。メディアに登場する有名な大学教授や学者が、大企業の支援を受けた組織を通して、日本国民全員が2週間毎にPCR検査を受けられる体制を作るよう提唱しています。経費は年間50兆円以上かかるとのことです。膨大な手間と莫大な費用をかけて、大量の偽陽性者と偽陰性者を生み出し、医療現場に混乱をもたらすだけではないのでしょうか。メディアは話題性があれば喜んで飛びつきますが、何も責任は取りません。私のような、一介の臨床医は何を言っても影響力はありませんが、影響力が大きい人は、もう少し慎重な言動を心がけるべきです。