Vol.205 専門家の意見はなぜこれほど違うのか
新型コロナに関する話題が連日メディアを賑わせていますが、専門家の意見が大きく異なることが珍しくありません。メディアの意向に沿ったことを言うために雇われた似非専門家がいることは否定しませんが、テレビでは視聴率を上げることが至上命題なので、新型コロナの恐ろしさを誇張したり、科学的な検証よりも視聴者受けしやすい悲劇的物語や感動的物語を作り上げるために、発言の一部を切り取られて意図したこととは異なることを伝えられることもあります。
医学は未知の領域が多いだけでなく、特に臨床医学は、数学や物理学に比べて遥かに曖昧さが入り込みやすく、最も非科学的な科学と言えます。臨床医学は、観察して仮説を立て、実験して考察するということを繰り返しますが、仮説の立て方は十人十色で、同じ現象からでも異なる考察が生まれます。したがって、臨床医学に関する限り、異なる意見が出るのはある程度はやむを得ないのです。まして今回は、ウイルス学・感染症学・呼吸器内科学・免疫学・公衆衛生学・疫学・獣医学など様々な専門分野が関わっており、自分の分野は得意だが、その他のことはそれほど分かっているわけではないという人も多いはずです。
PCR検査を例に取ると、この検査はウイルスの遺伝子の一部を検出するだけで、ウイルス感染の診断に用いてはならないと発信している専門家がいる一方で、日本国民全員に2週間毎に検査を受けさせることが収束への近道と訴える専門家もいます。私はこれまでも述べたように後者の意見には反対です。前者の訴えはやや過激ですが一理あると思います。PCR検査はウイルスの遺伝子の一部を倍々に増幅させて検出するのですが、何回増幅させるか(これをCt値と言います)という問題があります。世界的には35回位が妥当とされていますが、我が国では40回を目安にしています。40回増幅させると遺伝子は約1兆倍になり、感染性のない僅かな遺伝子も陽性と判定してしまうことがあります。春にプロ野球選手がPCR検査で「微陽性」と判定され休業したことがありました。偽陽性は聞いたことがありますが、微陽性は初耳です。おそらく40回以上増幅してようやく陽性と判定されるほどの微量な遺伝子があったのでしょう。Ct値については最近国会でも取り上げられましたが、混乱の原因は、どれくらいのCt値を設定しているのか、これまで何回で陽性になった人がどれくらいいるのか、40回で陽性になった人の重症・無症状の割合などの情報を国が公開していないことだと思います。様々な意見が乱れ飛ぶことの大きな要因の一つはこのようにデータをオープンにして冷静に議論しないことが根底にあるように思います。
もう一つややこしい問題は利益相反です。例えば、検査や治療が普及すると利益を得る人の発言はある程度差し引いて考えなければなりません。PCR検査が診断の標準検査であるという根拠となった論文の著者の中に、検査会社と繋がりがある人がいたことが知られています。スポーツで言うと一方のチームの監督が審判を兼ねているようなものです。我が国で具体的にそれがあるのかはわかりませんが、そういう可能性もあるので、一人の意見を盲信しないほうが無難です。
このようなことを理解する能力をリテラシーと言うのでしょうが、リテラシーを持つことは非常に難しく、一応医学的知識はある私も自信がありません。私は、おそらく高齢者の医療に関しては手術から看取りまでかなり経験がある方だと思いますが、たいした専門分野もなく、35年以上臨床だけやっている並の医者です。これまで新型コロナに関していろいろな発言をしてきましたが、主に地域住民と病院職員を対象にしています。間違っていることもあるでしょうが、偉い専門家の先生方と違って世間への影響力がないのは幸いです。もちろん利益相反もありません。