新庄徳洲会病院

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掲載日付:2021.10.22

Vol.229 心優しい看護師ほど燃え尽きやすい

 今年3月に岡山県にある倉敷中央病院救命救急センターの栗山明医長らが行った調査で、症状が最も重い新型コロナ患者の治療に当たる医療従事者の4人に1人が、自分が燃え尽き症候群の状態だと感じているという報道がありました。特に、放射線技師(29%)と看護師(28%)が高く、医師は10ポイント以上低い数字でした。放射線技師は、これまで経験したことのない厳重な感染対策をして、病室にポータブルのレントゲン撮影装置を持ち込んで、動けない患者さんと近い距離で仕事をすることになったので、普段とのギャップが大きくこのような数字になったのかもしれません。看護師の燃え尽き率が高いのは、患者との距離が近いことによる想像を絶する強いストレスと看護師特有の優しさからくるものではないかと思います。

 かなり前になりますが、同僚医師二人と、医者や看護師の資質で最も重要なものはなんだろうかという話をした際に、三人の意見が、医者は「真面目さ」、看護師は「優しさ」で一致しました。臨床医には、ずば抜けた学力は不要で、目の前の患者に真摯に向き合う真面目さが大事だと今でも思います。一方で、「患者にあれほど優しくできない」と私に思わせる、いわば看護師になるために生まれてきたと思える人は私の周りにも少なくありません。

 ところが、「医療現場の行動経済学」(大竹文雄・平井啓著、東洋経済新聞社、2018年)には、以下のような私にとってはやや衝撃的な記述があります。
①他人を思いやる気持の強い人のほうが看護師に向いている、とは言えない。
②患者の喜びを自分の喜びと感じるような看護師ほどバーン・アウト(燃え尽き)しやすい。
③その特性を持つ看護師は、睡眠薬や精神安定剤や抗うつ剤を常用しやすい。

 医療従事者には、利他性(他人のために他人を思いやる気持ち)が強い人の割合が高いことが知られています。利他性の高い人が医療従事者を目指すことが多いからでしょうが、中でも、最も患者との物理的および精神的な距離が近いのが看護師です。同書によると、利他性には、2つのタイプがあり、第一は「純粋な利他性」で、第二は「ウォーム・グロー」(暖かな光という意味でしょうか)です。前者が、他人の幸福度が高まることで自分の幸福度が高まるのに対して、後者は、自分が他人のために行動することから幸福を感じるというものです。その研究では、看護師は「純粋な利他性」を持っている人の割合が一般人の1.5倍あり、そのような看護師ほど燃え尽きやすく、さらに上記のような薬物依存になりやすいこともわかりました。

 私も医療従事者の端くれとして利他性はあるつもりですが、このように指摘されると私の利他性は明らかにウォーム・グローが強いと感じます。例えば、救急患者を診て、緊急手術が必要と判断し手術を始め、難しい処置を無事に終えて、その後患者が元気に退院した場合には大きな満足が得られますが、患者やその家族の喜びの大小に左右されることは少ないような気がします。純粋な利他性がある人は、患者の喜びを自分の喜びと感じ、逆に悲しみや苦しみも同様に感じてしまいます。コロナ騒動で最もストレスを受けている看護師を燃え尽きさせてしまうことは、看護師にとっても不幸なことですが、医療を受ける側にとっても大きな損失です。純粋な利他性を持つ人は劣悪な労働環境でも我慢してしまうので、雇用側がそこにつけ込んでいることもあるかもしれません。医者よりも過酷な環境にいる看護師を思いやり、労働環境を改善する政策を支援するとともに、不必要な負担を増やすような言動が日常茶飯事であることを知り、それを慎む人が増えないと、医療崩壊が起こりやすくなることを知ってください。


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