Vol.111 不確実なものにどう向き合うか
9月27日に起こった御嶽山の噴火では多くの命が失われました。翌日に行われた火山噴火予知連絡会の記者会見で、会長は以下のような発言をしました。①9月10日から火山性地震が増えていたが、その後は減少したので、噴火警戒レベルは1(火山活動はほぼ静穏)のままにした。②火山活動は予知が困難で、今回の事は仕方なかった。
もしレベル2になっていたら、火口周辺は立ち入り禁止になります。死者の多くがそこにいた事実を考えると、まさに生死を分けた判断です。結果だけで責任を追及するのはフェアではありません。火山の噴火予知が容易でないのは素人にもわかります。まして、理科軽視の中でも特に地学は不人気科目なので、人手や資金が不足している現状も想像できます。
しかし、気象庁は9月11日に周辺の自治体に速報を出しており、12日にはNHKのニュースも、「火山性地震が1日に50回以上発生している。これは平成19年の小規模噴火以来で、火口付近では注意が必要である」と伝えています。それまでなかった地震がこれだけ増えてもレベルを上げなかった理由を専門家として説明する責任が彼らにはあるはずです。まして、予知を目的として、公的な予算で成り立つ専門家集団なのですから。もし、御嶽山の噴火予知が不可能であると考えるなら、警戒レベルなど発表せずに、火山性噴火(水蒸気爆発や岩石破壊による振動)や火山性微動(マグマ自体の動き)の回数をグラフ化して、登山口に掲示するほうがよいと思います。
地震や火山の噴火は予知が困難だから、そんな研究に税金を使うことは無駄であるという意見には反対です。自然災害が世界有数の日本だからこそ、この分野の研究は継続しなければなりません。いつ役に立つかは分かりませんが、研究は続けなければ実を結ぶことはありません。学問に早急な成果ー特に金銭的な成果ーを求める風潮は嘆かわしいことです。
私が医療の話題を取り上げて言いたいことは「医療の不確実性」です。同じ病名の病気の経過や、同じ治療の結果が異なることはよくあります。「これをやれば大丈夫」という安易な解決策はほとんどありません。医療の光の部分を強調して過大な期待を持たせることも、逆に影の部分を誇張して不安を煽ることも、避けてきたつもりです。専門家の端くれとして不確実なものを一般の人に説明することの難しさは痛感します。火山の噴火予知ができなかった時や、医療事故が起こった時には、たとえ批判を浴びるような事実があったとしても、全てを明らかにして説明し尽くすことが重要なのです。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第751号 平成26年10月15日(水) 掲載