新庄徳洲会病院

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掲載日付:2026.07.04

Vol.315 痰の吸引も有害無益なことがある

 「死ぬのは苦しい」という考えには、私は懐疑的です。千人以上の死を看て感じるのは、意識レベルが低下してから死ぬまでの時間は眠っている状態で、普段の眠りが朝には覚めるのと異なり、覚めることがない眠りが死だということです。とすると、意識が完全になくなるまでの間に苦痛がどれくらいあるかが問題になり、その時間が短ければ苦痛は少ないと言えます。対光反射や心電図を確認することのなかった時代は、まさに「息をしている」ことが「生きている」ことでした。ということは、現代では生きている人が死んでいると判断されていたのです。そのため生き返る人もいましたが、そのまま死ぬ人は苦しまずに済みました。

 若者の救命可能な急性疾患や外傷に対しては、あらゆる救命処置を行うのは当然ですが、実はこのようなときには患者自身の脳の機能は低下し、苦痛を感じていないのではないかと私は感じています。それは、救命できてからこのような患者と話をすると、例外なくその時のことを憶えていないからです。忘れているだけかもしれませんが、ずっと思い出せないのであれば何もなかったと同じことではないでしょうか。一方、衰弱して回復が難しい状態になった高齢者は、どのような病気でも、苦痛を最小限にすることを優先し、その上でどのように治療を進めるかを考えるべきです。医学の進歩により死ぬ瞬間を先送りすることで、苦痛を長引かせてしまうことが増えたことも事実です。この時間をいたずらに延ばさず、十分に苦痛を取ることを優先し、かつ苦痛を伴う医療行為を最小限にすれば穏やかな死を迎えることは可能になります。

 私の父はパーキンソン病と認知症が進行し、寝たきりになりましたが、経管栄養はもちろん1本の点滴もしませんでした。それは父の希望ではありませんでしたが、豊かでない生活の中で私を医者にしてくれた父に対して最良のことと私が判断したからです。無駄な栄養補給・過剰な点滴・無意味な酸素吸入と同時に痰の吸引も慎重に行うべきです。肺炎に限らず寝たきりになった高齢者は痰が多くなることがよくあります。それに対しては、細いカテーテルを口や鼻から挿入して吸引するのですが、父に対しては看護師さんに鼻から気管にまで入れてしっかり吸引することは止めてくださいとお願いしていました。それは意識レベルが低下しても、痛みを感じ、むせることがよくあるからです。痰をつまらせて窒息してもよいのかと言われそうですが、気管より細いレベルの気管支が閉塞することはありますが、気管が詰まることは非常に稀です。気管支が詰まるのであれば、血液中の酸素は不足し、二酸化炭素は多くなるので、呼吸状態は悪くなりますが、脳が麻酔にかかった状態になるので、苦痛は感じにくいはずです。むしろこのような状態で酸素吸入を行うほうが、意識レベルがよくなって苦しくなることさえあります。苦痛を与えてまで、痰を一所懸命に取るのは有害無益なこともあるのです。痰が多いときには、口から喉の少し奥までカテーテルを入れて吸引して、痰が溢れ出ないようにすれば十分です。

 痰がゴロゴロしているだけで、痰を取ってくださいという患者さんの家族がいますが、それは、飲み込めない唾液や分泌された粘液が気管や気管支の表面にあるだけで呼吸への害は多くありません。唾液や粘液を減らすためには、吸引するよりも、余分な水分を経管栄養や点滴から入れるのをやめるほうが有効です。私が終末期の患者さんのご家族に、「植物は最後には枯れていきますよね。人間もそのほうが穏やかな最期を迎えられると思いますよ。」という話をよくします。このように無駄な医療をやめることは、技術的には簡単で、苦痛の軽減にもなり、無駄な医療費も軽減できますが、「医療行為は善であり、最期まで続ける」という時代に生きてきた医療従事者と医療を受ける人の考え方を変えなければならないことが最大の問題です。

掲載日付:2026.06.13

Vol.314 一気に社会復帰

 周囲の反対を押し切り5月10日に退院しました。主治医であるH先生はもう1週間くらい入院していたらと、妻は1か月くらいは仕事を休んだらと言いましたが、退院翌日の11日からは外来・病棟・手術助手としてほぼ元の生活に戻りました。自分では連休明けの7日からと考えていたので、少し遅いくらいでしたが、連日の理学療法と嚥下訓練に加えて、朝夕の散歩や体操などの自主トレがあり、以前よりもハードな毎日となりました。

 徐々に身体機能は回復してきましたが、病前と比べてしまうので楽観できません。相変わらず水はむせやすく、また、一度にたくさん口に入れてろくに噛まずに呑み込む早食いの習慣が染み付いているので、少なめに口に含み一口30回の咀嚼を目標にして、ゆっくり食べるように口に入れるたびに箸を置くようにも気をつけていますが、思うようには行きません。嚥下がうまくできないせいで喉の奥に唾液が溜まりやすいせいか、咳や咳払いをすることが多く、声帯も荒れ気味で声がかすれたり、くしゃみや咳が間延びして困ります。空気が一緒に食道に入るので、呑み込むたびにカエルが鳴くようで、当初はトノサマガエルでしたが、現在はアマガエル程度になっています。今後は、食道の入口を風船付きのカテーテルで広げる治療も検討されています。

 感覚障害については新たな発見がありました。私の梗塞は延髄の右外側に起こっているので、顔面は右に、それ以下は左に、熱い冷たいと痛みがわからないのが普通です。最初はそんな気がしていましたが、新庄に戻り入浴して、湯をかけると頭と顔の感覚障害が左にあることがはっきりしてきました。調べてみると、延髄外側症候群では、典型的な感覚障害が起こるのは半分以下で、微妙にいくつかのパターンに分かれるようです。もう一つ、発症日の朝に眼の奥に感じた鈍痛は、今も続いていますが、眼窩痛と呼ばれるものの可能性があるということもわかりました。手足の異常感覚はむしろ悪化し、熱い冷たいはわからないのに左手はいつも冷たく感じて、足はしびれが切れた状態が続いています。感覚障害のためにヤケドとケガには注意が必要です。

 社会復帰をして感じたことは、まず体力の衰えです。体重は6Kg減少しましたが、それ以上に疲れやすくなりました。散歩するのは辛くないのですが、その後に疲労感が押し寄せてきます。仕事で歩いていると身体がフワフワするのに、足取りは重くなりがちです。体力とは関係ないですが、キーボード操作が下手になり、ミスタイプが多くなり、文章を書くのに時間もかかるようになりました。なぜかパソコンやタブレットの指紋認証もできないことが増えました。短期記憶は非常に怪しくなり、「今何をしようと思っていたのか」という現象が数秒で起こることが珍しくなくなりました。逆に良くなったのは、生活習慣が健全になったことです。嚥下することに問題が生じたことで、食べるものに制限ができ、特に菓子類に手を出すことが減りました。アルコールはもともと付き合い程度でしたが、発病後1か月を経過しても全く手を出していません。朝夕の散歩の影響もあり、眠りが深くなり、嫌な夢を見ずに6時間程度は眠れるようになり、夜間頻尿に悩まされることも減りました。動画や本で調べていろいろな運動を試していますが、これは良さそうと始めた体操のおかげか、肩こりは半分以下になり、腰痛も2割ほど減ったようです。災い転じて福となればよいですが、いくつかの後遺症は生涯続き、完全になくなることはないでしょう。私の一番身近にある自然は、自分の肉体なので、現状を受け入れて、肉体に命令するのではなく、身体の声を聞けるようになりたいです。そのためには、高校時代に恩師のN先生から言われた「もっと力を抜きなさい」を今度こそ実践できればいいですね。過去に起こった事実を変えることはできませんが、それをこれからに活かすことはできると信じています。

掲載日付:2026.05.29

Vol.313 転院、リハビリ漬けの毎日、そして退院

 4月30日に山形県立中央病院を退院し、S看護部長さんはじめ数人の職員の出迎えを受け恐縮しつつ新庄徳洲会病院に戻り、新たな入院生活が始まりました。この時点での症状は、左上下肢の温痛覚障害(熱さと冷たさがわからない)と異常感覚(常に弱い電流を流されているようなビリビリ感)、体幹失調(胴体のバランスが悪く真っ直ぐに歩きづらい)、嚥下障害(物を飲み込むための筋肉の動きが悪くむせやすい)が主なものです。同夜、愚かにも障害がある左手に湯をかけて、シャワーの温度を調節し、一向に熱くならないのでどんどん温度を上げたところ、突然左の親指から中指に電撃痛が走り、肩を経て左足に向かって広がっていきました。熱湯に近い湯をかけていたことが原因であることに気づき、すぐに止めましたが、どうなるのかと緊張感が走りました。幸い1分程度で収まりましたが、この後も電子レンジから熱くなった皿を取り出すときや氷を持ったときも似た症状がおこりました。どんなものも生ぬるく感じるので、逃避行動がとれず、異常な刺激を受け続けるとこのようなことが起こるようです。

 理学療法は下肢のレーニングが中心、作業療法は主に上肢を使った細かい作業、言語聴覚療法は嚥下の評価と練習でした。理学療法では病前からの姿勢の悪さを何度も指摘され、その矯正法を学びました。作業療法では短気な私には辛い細かい作業が要求され心を鎮めて根気よく臨みました。意外にハードだったのは、嚥下機能の回復のための5分間の喉の筋トレで、1日数回自主トレも命じられました。左上下肢の異常感覚はこちらに戻ってきて強くなった印象、おそらくこのリハビリが一番難しいような気がします。以前あった頻尿になり、尿路感染の再燃ということで抗菌薬を内服することになりましたが、カプセルを飲み込むのにはかなり苦労しました。

 連日の厳しくも優しいリハビリで、徐々に身体機能は改善し、作業療法では調理や車の運転、大浴場で一人で入浴することにも挑戦し、最後に認知症のテストを受けました。予想以上に難しく緊張しましたが、何とか合格でき、無事作業療法は終了しました。理学療法では、久しぶりに屋外を杖もつかずに歩くことができ一安心。指導されたことを理解して実践するのですが、それを評価して次につなげることが、リハビリの最大の役割ではないかと感じました。それは理学療法士の指導であることもあれば、鏡に写った自分の姿を見ることでもあります。入力されたことを出力し、さらに評価することの重要性を痛感しました。嚥下に関しては、ゼリーなどのネットリしたものは問題なく摂れますが、問題は水です。初めは3cc程度を注射器で流し込み、徐々に量が増え7ccまでは姿勢を正すと飲めるようになりましたが、むせやすさは残り、ごくごく飲むというのは全く不可能です。固形物が可能になり、全粥は食べられるようになり、普通のおかずを噛んで食べることができると、全てのものを美味しいと感じました。「ありがたや、ありがたや」です。そんなこんなで5月10日には無事退院となり、さあ次は社会復帰です。

 延髄は大脳と小脳と脊髄をつなぐ脳幹と呼ばれる部分の一つで、呼吸や心臓の中枢もあり、延髄梗塞を起こすと、急死することもありますが、幸い私の場合は梗塞が起こった場所と範囲が狭かったため生命の危機には至りませんでした。リハビリもかなり順調に進んだようで、外見上は病前とあまり変わらないと言われることが多く、先に述べたように自分にしかわからない症状なので、それも仕方ないことですが、以前より声もかすれて、すぐに咳払いをしたくなり、歩いていてもフワフワする感じが続き、まだまだの印象です。ただ、治療は今後もリハビリを継続するしかありません。この機会に身体に対する私の考え方も変えたほうがよさそうなところもあります。まだまだ自分との戦いは続きます。


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