Vol.288 「直美」を知っていますか?
今回の「直美」とは、人名の「なおみ」ではなく、「ちょくび」と読み、近年になり現れた医師のことです。平成16年から、医学部を卒業し医師国家試験に合格すると、基本的な知識や技術を習得するための初期研修を、厚生労働大臣の指定する病院で、通常は2年間受けることが医師法で定められています。目的は、医師としての人格を涵養し、将来の専門分野にかかわらず通常の診療において適切に対応できる能力を身につけることです。初期研修では、内科や外科、救急・麻酔科などの診療科で基礎を習得し、3年目からは、専攻医として専門科での本格的な修練を積みます。「直美」とは初期研修を終えてすぐに美容医療に進む医師を指し、「直ぐ」に「美容医療」に進むという意味で「直美」と呼ばれるようです。このような医師は、以前は極めて稀でしたが、美容医療の需要が増加し、若手医師の進路の選択肢になりました。実数は不明ですが、数年前にある週刊誌のコラムで初期研修後に約200人が直美になるという記事を読んだ記憶があります。毎年8000人以上が医師になっているので、2%程度はいることになります。
美容医療の対象は基本的には健康人なので、保険診療ではなく自由診療で行われます。具体的には、目の下の脂肪を取る「クマ取り」、目の下にヒアルロン酸を注入する「涙袋」の作成、永久脱毛などが多く、比較的単純な処置なので経験の少ない医師でも対応ができるようです。美容クリニックの多くは都市部にあるので、医師も生活拠点を都市に置くことが可能で、労働時間が短く、緊急事態が少なく、その割に収入がよいということで、若手に限らず美容外科を目指す医師が増えています。美容医療大国のお隣の韓国では、日本以上に医師不足が深刻ですが、美容医療に進む医師が多いこともその一因となっているようです。
私は医者になって41年目で、今でも外科医のつもりですが、美容外科には興味がありません。もちろん美容手術を受けることで、人生が明るくなる人もいるでしょうが、病気や怪我の患者さんにしか関心が持てないのです。もちろん術後の見た目は大事だと考えて、可能な限りきれいに仕上げるようには心がけていますし、乳房を小さくする手術や乳癌で乳房を失った人の再建にも興味がありますが、小さい乳房を大きくしたいという人とは関わりたいと思えないのです。
昔に比べてテレビには美男美女が多数を占め、たまに見ると皆が同じ顔に見えます。これは化粧の発達もあるでしょうが、美容医療を利用している人が多いのかもしれません。「見た目で人を差別してはいけない」と言いながら、外見至上主義(ルッキズム)を平気でやっているのが今のテレビ業界ではないでしょうか。高校生男子が、1時間かけ身なりを整えるのは、私のような時代遅れの人間には時間の無駄としか思えませんが、美容医療の需要が減るということは、日本がもっと貧しくならない限り無理だと思います。供給も同様です。偏差値秀才から順に医学部への進学を勧める教育環境で医師になった若者が、「働き方改革」という名の「労働は美徳にあらず、苦役である」という風潮の中で、苦労して知識や技術を身に着けて患者さんに感謝してもらうことの喜びを感じることは難しくなりました。多額の税金を使って取得した医師免許が、美容医療に注がれるのは不健全であるだけでなく、国民の不幸を増やす可能性さえあります。私はタトゥーにも興味はありませんが、あれは医療行為というよりは装飾であり、医師よりも彫師がやったほうがうまくいきます。同じように、美容医療を一般医療と分けて、新たな資格を作り、低コストで提供するシステムを作るほうが、医療への負荷も減り、受け手も満足するような気がしますが、「楽して金を儲ける奴が勝ち組」という風潮がある限り難しいのでしょうね。