新庄徳洲会病院

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掲載日付:2026.03.25

Vol.310 iPS細胞治療の仮承認に対する疑問

 2月19日に行われた厚生労働省薬事審議会で、人工多能性幹細胞(iPS細胞)由来の2つの再生医療製品に対して、条件及び期限付きで製造販売することが仮承認されました。一つは重症心不全に対する「リハート」、もう一つはパーキンソン病に対する「アムシェプリ」で、メディアでも期待を込めて報じられています。今回の再生医療早期承認制度では、すでに2015年に患者自身の筋肉線維のもとになる骨格筋芽細胞を培養し、円形の「細胞シート」を作成して心臓の表面に手術で貼り付けて、心臓の筋肉を保護・修復して機能を回復させる「ハートシート」が製造販売されています。約50例に試みられましたが、有効性が認められないため本承認されずに、2024年に販売も終了しました。今回のリハートは同様の細胞シートを他人から作ったiPS細胞を用いたもので、中心となる研究者は同一人物です。

 iPS細胞は、ヒトの皮膚細胞に遺伝子を導入して受精卵に近い状態にした万能細胞として生み出され、その功績により2012年にノーベル生理学医学賞を山中伸弥氏が受賞したことがきっかけとなり、広く認知されるようになりました。その後、様々な疾患の治療への応用が試みられていますが、今のところ本承認されたものはありません。iPS細胞の登場から今年で20年になりますが、政府は再生医療に10年で約1100億円の支援を行っています。これは医療分野では異例の規模です。また、従来の医薬品や医療機器とは別の「再生医療等製品」という分類を新設し、製品を迅速に実用化するために、有効性が推定されたものに「仮承認」を与える制度を作りました。再生医療が、資金と制度で破格の援助を国から受けている反面、それ以外の研究は、その犠牲になっているとも言えますが、これだけの支援を受けても、今のところ物になった治療はありません。もちろん、今後革新的なものが現れる可能性はありますが、その効果と安全性、保険診療が広く行われた際の医療費への影響の点でかなり疑問があります。

 この問題については、整形外科医である川口浩氏は以前から警鐘を鳴らしていました。氏は脊椎外科が専門で、骨や軟骨の基礎研究を臨床に応用することを目指しています。氏の指摘によると、ハートシートはわずか7例に使用されただけで仮承認されましたが、効果が乏しいばかりか、関係者は因果関係は否定していますが、仮承認中の35例で4例が死亡しています。そのような中で今回、ハートシートの後継であるリハートと神経疾患における再生医療品であるアムシェプリが市販される見通しになったことに対して、川口氏は疑念を抱いています。効果の評価が甘いことと免疫系への影響について安全性の評価が不十分なことに加えて、今回の2つの製品は、他人の細胞から採ったiPS細胞であるので、より長期的な観察が必要であると指摘しています。

 ハートシートは1枚1000万円以上しますが、仮承認されると保険適応になるので、金銭的負担は企業から国民に移ります。これまで仮承認された4つの製品はすべて本承認されていないことからもわかるように、仮承認から本承認を受けるまでが最も厳しい道のりで、その間の費用を、企業は患者と国民に押し付け、さらに利益も得ることができるのです。しかも今回の2つの製品の有効性の検証は、症例数が少ないことと対照群がない研究であることを考えると、私のような統計学の素人でも疑問が湧いてきます。iPS細胞の潜在能力は認めますが、だからこそコロナ騒動のmRNAワクチンと同様に臨床への応用は慎重を期すことが必要です。さらに費用対効果も合わせてその適応基準も検討しなければなりません。川口氏は、「世界初のiPS細胞承認」は、科学的妥当性のみならず倫理的整合性の観点からも極めて不適切であり、このままでは日本の薬事行政における最悪の暴挙として記憶されるだろうとまで述べています。

掲載日付:2026.03.02

Vol.309 この齢になって恋愛小説を読んで泣くなんて

 参議院議員になった小説家の百田尚樹氏が、昨年11月の経済産業委員会で、赤沢亮正経済産業大臣の所信の文章に対して「意味が分からない」と質問したところ、赤沢氏は答弁の冒頭で、「私は百田先生の小説はほぼ全部読んでいる。特に至高だと思ったのが、『プリズム』。こんなこと書ける人がいるのか。天才だなと何年も前だが震えた覚えがある。」と答えました。私は、この作品が恋愛小説と知っていたので、優先順位が低く未読でしたが、このニュースを見て購入し、先ごろ新幹線の中で読んでみました。

 本作品は、主人公の女性が家庭教師として雇われて訪れた豪邸で、生徒の叔父である解離性同一性障害(いわゆる多重人格)の男性と出会い、彼の中の多くの人格に翻弄されながら、その中の一人と愛し合う長編サスペンスです。タイトルのプリズムは、無色の光がプリズムを通ると複数の色の光に分かれることを人格になぞらえて付けられたようです。一人の中に複数の人間が存在するという設定で、複雑な関係の家族や治療する精神科医や主人公の夫などの登場人物が絡みあって物語は進行します。多重人格は20世紀後半に米国で急激に増加した精神疾患で、その存在自体を疑う専門家もいます。そのような医学の中でも難解な領域に、百田氏が足を踏み入れて理解するためには多くの参考図書を読み込み、専門家にも教えを受けたことでしょう。物語の中で複数の登場人物の会話を通してその疾患を説明し、一般人にも違和感なく受け入れさせる筆力には感心します。さらに、誰もが心に持つ多面性を多重人格に例えて、普通の人も実感できるようにしているのは驚嘆に値します。巻末の解説で精神科医で作家の春日武彦氏も、「説明の上手い人は偏差値の高い人ではなく、人間の心に精通した人である。」と述べています。

 大臣所信に対する疑問として百田氏が指摘したのは、「所信的挨拶」という奇妙な日本語、「DX」や「GX」や「フュージョンエネルギー」などの分かりにくい日本語などですが、氏の小説は内容が面白いのはもちろんですが、その文章のわかりやすさと緻密さは特筆すべきものがあります。私が仕事で書くのはカルテくらいですが、日頃から心がけ、職員にも強調しているのは、カルテは読む人を感動させる必要はなく、大事なことは「わかりやすさ」と共に「誤解できない正確さ」、つまり「その文章を読めばただ一通りの解釈しかできない」ということです。とはいえ、自分の書いた文章を読むと「???」と思うことが少なくありません。氏のようにわかりやすい言葉で面白い物語を紡ぐ作家は稀有な存在で、21世紀を代表する作家と言っても過言ではありません。対照的なのは行政の文書で、読み手に読む気をなくさせる曖昧で冗長な文章です。また、学生時代に読んだノーベル賞作家の大江健三郎氏の「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」は、一つの文が異常に長く、文節の関係性がわかりにくく私には理解不能でした。

 多重人格の患者を担当する精神科医の描写から医者として感じたのは、短気な自分は精神科医にはなれないということでした。一読者としては、陰気なくせに、馴れ馴れしく不愉快で、急に思いやりがあり礼儀正しいと思ったら突然暴力的になる男から、自分は多重人格者だと告白され、当初は演技と疑いながら、様々な出来事を通して多重人格者であることを確信した主人公が、その中の一人と愛し合う過程にはページをめくる手が止まりませんでした。驚愕のドンデン返しはありませんが、治療が成功して一つの人格に統合された男性の口調や仕草の中に、今は消えて二度と会えなくなった愛しい男性の痕跡を見つけるラストシーンは胸に迫るものがあります。新幹線が新庄に着く頃に読み終えた私は泣いていましたが、周りに乗客がいなかったので、「キモい老人」と思われずに済みました。中高年にもお勧めの恋愛小説です。

掲載日付:2026.02.20

Vol.308 社会保障費と社会保険料

 自民党の圧勝に終わった衆議院選挙で、大躍進を遂げた野党政党がありますが、その主要な公約は、「現役世代の社会保険料負担を軽減する」というものでした。具体的には、高齢者が優遇されている医療費の窓口負担を一律に3割にするなど、働く世代の健康保険料負担を減らすというものです。多くの政党が消費税減税を掲げていましたが、それには反対し、社会保険料を引き下げることにより、現役世代の可処分所得を増やすことで差別化したものだと思います。その政党の幹部がネットの番組で、公約を実現する具体的方法について質問された際に、しどろもどろになった挙げ句、社会保障費を7兆円減らすと答えたことが話題になっています。社会保障費は、年金・医療費・介護費などに要する費用のことで、2025年度の総額は約140兆円です。その財源は、加入者からの社会保険料と税金が主なもので、税金は国の歳出の約1/3に達し、医療費には窓口負担も含まれます。つまりこの政党の幹部である候補者は、社会保険料と社会保障費と混同していることがバレてしまったのです。

 社会保険は、健康保険・厚生年金・介護保険・雇用保険・労災保険からなり、医療費では高齢者の窓口負担が増えると、健康保険からの負担が減るので保険料を引き下げることは可能です。具体的にどれくらいの負担軽減になるかは公約にはありませんが、他の政党のある候補者は、根拠は不明でしたが、一人年間6万円程度は可能としていました。個人的には高齢者だけでなく、生活保護者も窓口負担を3割にしてもよいと思いますが、それより優先すべきなのは、個人が特定できない保険証をなくして、1枚の保険証を複数の人が使い回せないようにすることと、外国人を国民健康保険から除外することです。前者はマイナ保険証を適切に運用し、後者は諸外国同様に外国人には民間の保険への加入を義務付ければ可能です。実際に国民健康保険料の未払い率は年々増加し、全体では10%前後ですが、外国人に限定すると37%に達しています。保険料収入が単純に10%増えるとすると約2400億円の増収になります。このようにまず、現行制度で徴収できるものを優先し、その上で窓口負担も増やすべきです。

 窓口負担を増やす以外にも社会保険料負担を軽減する方法はあります。それは「無駄な医療」をやめることです。これは医療費を削減するだけでなく、国民の健康にも資することになります。医療費は年々増加し来年度は50兆円を超えることは間違いないでしょう。医療費が増加する原因は高齢化と言われていますが、医療経済学の世界では「医学の進歩」が主なものと考えられています。新しい薬や診断技術は高額なことが多く、広く用いられると医療費は高騰しますが、それによって、どれほど国民が利益を得ているかが検証されていません。さらに、10歳の子供と90歳の高齢者に同じ医療を適応すべきかということも考えなければなりません。高齢者に運転免許の返納を強要するのは高齢者差別ですが、超高齢者に血液透析を導入できなくするのは差別だと思いません。回復不能となった認知症や脳卒中の患者に経管栄養を行うことも同様です。

 限られた医療資源をどのように優先順位をつけて分配するかは政治家の役割ですが、億単位の献金を医師会から受けている政治家にできるでしょうか。製薬会社から広告費を得ているメディアも、新しい医療を等しく国民にと美辞麗句を並べて事実を報道しません。別の政党も社会保険料負担の軽減を訴えていましたが、その所属議員の多くが、国民健康保険料の負担軽減のために、兼業をすることで格安の社会保険料を収めて保険料を節約していたことが選挙前に発覚しました。違法ではありませんが、恥ずべき脱法行為です。いっそこれを保険料負担を軽減する方法として国民に公約として掲げたらどうでしょう。何とも笑えない冗談です。


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