Vol.310 iPS細胞治療の仮承認に対する疑問
2月19日に行われた厚生労働省薬事審議会で、人工多能性幹細胞(iPS細胞)由来の2つの再生医療製品に対して、条件及び期限付きで製造販売することが仮承認されました。一つは重症心不全に対する「リハート」、もう一つはパーキンソン病に対する「アムシェプリ」で、メディアでも期待を込めて報じられています。今回の再生医療早期承認制度では、すでに2015年に患者自身の筋肉線維のもとになる骨格筋芽細胞を培養し、円形の「細胞シート」を作成して心臓の表面に手術で貼り付けて、心臓の筋肉を保護・修復して機能を回復させる「ハートシート」が製造販売されています。約50例に試みられましたが、有効性が認められないため本承認されずに、2024年に販売も終了しました。今回のリハートは同様の細胞シートを他人から作ったiPS細胞を用いたもので、中心となる研究者は同一人物です。
iPS細胞は、ヒトの皮膚細胞に遺伝子を導入して受精卵に近い状態にした万能細胞として生み出され、その功績により2012年にノーベル生理学医学賞を山中伸弥氏が受賞したことがきっかけとなり、広く認知されるようになりました。その後、様々な疾患の治療への応用が試みられていますが、今のところ本承認されたものはありません。iPS細胞の登場から今年で20年になりますが、政府は再生医療に10年で約1100億円の支援を行っています。これは医療分野では異例の規模です。また、従来の医薬品や医療機器とは別の「再生医療等製品」という分類を新設し、製品を迅速に実用化するために、有効性が推定されたものに「仮承認」を与える制度を作りました。再生医療が、資金と制度で破格の援助を国から受けている反面、それ以外の研究は、その犠牲になっているとも言えますが、これだけの支援を受けても、今のところ物になった治療はありません。もちろん、今後革新的なものが現れる可能性はありますが、その効果と安全性、保険診療が広く行われた際の医療費への影響の点でかなり疑問があります。
この問題については、整形外科医である川口浩氏は以前から警鐘を鳴らしていました。氏は脊椎外科が専門で、骨や軟骨の基礎研究を臨床に応用することを目指しています。氏の指摘によると、ハートシートはわずか7例に使用されただけで仮承認されましたが、効果が乏しいばかりか、関係者は因果関係は否定していますが、仮承認中の35例で4例が死亡しています。そのような中で今回、ハートシートの後継であるリハートと神経疾患における再生医療品であるアムシェプリが市販される見通しになったことに対して、川口氏は疑念を抱いています。効果の評価が甘いことと免疫系への影響について安全性の評価が不十分なことに加えて、今回の2つの製品は、他人の細胞から採ったiPS細胞であるので、より長期的な観察が必要であると指摘しています。
ハートシートは1枚1000万円以上しますが、仮承認されると保険適応になるので、金銭的負担は企業から国民に移ります。これまで仮承認された4つの製品はすべて本承認されていないことからもわかるように、仮承認から本承認を受けるまでが最も厳しい道のりで、その間の費用を、企業は患者と国民に押し付け、さらに利益も得ることができるのです。しかも今回の2つの製品の有効性の検証は、症例数が少ないことと対照群がない研究であることを考えると、私のような統計学の素人でも疑問が湧いてきます。iPS細胞の潜在能力は認めますが、だからこそコロナ騒動のmRNAワクチンと同様に臨床への応用は慎重を期すことが必要です。さらに費用対効果も合わせてその適応基準も検討しなければなりません。川口氏は、「世界初のiPS細胞承認」は、科学的妥当性のみならず倫理的整合性の観点からも極めて不適切であり、このままでは日本の薬事行政における最悪の暴挙として記憶されるだろうとまで述べています。