Vol.159 ニセ薬の新しい使いみち
薬効成分のない偽薬をプラセボといい、主に新薬の有効性を証明するときに用いられます。新薬かプラセボのどちらかを、多数の被験者にくじ引きで割り当てて、偶然では起こりえないような差が見られるかで判定します。薬効成分がないにもかかわらず、プラセボは2~4割の患者に効きます。本物かもしれないと思うだけで効いてしまうことをプラセボ効果と言い、大病院や有名な医者に掛かっただけで治ってしまうのも同じ現象です。痛み止めの注射に依存している患者に、蒸留水を注射するだけで痛みが消えることもあるのですが、臨床現場で使用することは倫理上の問題がつきまとってきました。
2010年に米国で、プラセボ効果を治療に活かす研究が行われました。心身症の要素が強い過敏性大腸症候群という疾患に対して、患者にプラセボであるが有効かもしれないと説明して使用したところ、何と60%の患者で症状が改善しました。医者と患者に信頼関係があるほどプラセボはよく効くそうです。裏を返せば、信用されていない医者が出す薬は本物でも効きにくいのかもしれません。
このプラセボを新たな目的で用いる試みがニュースで紹介されていました。認知症の患者は薬を飲んだ後に、まだ飲んでいないと主張することがあり、望み通りに飲ませると過剰投与になり危険ですが、飲ませないと納得しないので介護者とトラブルが絶えません。そのような状況で、患者の要請にプラセボを薬として飲ませるという試みです。患者には有益無害であり、患者との信頼関係も壊れない一石二鳥の方法です。さらに、家族にその使用目的を説明して、本来は減らしたほうがよい薬の減量にも成功しているということでした。滋賀県にあるその名も「プラセボ製薬」が製造販売しており、アマゾンなどのネット通販で入手可能です。お困りの方は一度ホームページをご覧ください。
日本人の薬好きは病気レベルと言えます。国民皆保険制度のおかげで低負担で医療が受けられる社会であるゆえに、薬なしの治療はありえないという雰囲気ができあがってしまいました。また、薬価差益により薬を出せば出すほど利益があるので医療側が安易に処方してきたのも事実です。その影響は医療を受ける側にも提供する側にも今も色濃く残っています。新薬の開発が盛んで、複数の科を受診することが多い現代では、多剤投与は深刻な問題です。原則は患者教育と医療側の問題意識の共有ですが、プラセボの活用は、倫理的なジレンマもなく、薬の多剤投与を軽減する手段としても価値がありそうです。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日第845号 平成30年9月15日(土) 掲載