新庄徳洲会病院

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掲載日付:2024.06.20

Vol.281 減塩食? 増塩食!

 当地に赴いて20年が経ちますが、北国の漬物は食欲をそそられる反面、塩辛さに戸惑うことが少なくありません。古来、寒冷地の保存食に塩漬けはよく用いられてきましたが、流通の進歩や冷蔵庫の普及などによりその役割は小さくなり、食事の西洋化も相まって、日本人の食塩の摂取量は減少しました。塩分制限は健康維持の必須要件となって久しいのですが、昔に比べて血液中のナトリウムが減少する低ナトリウム血症の患者さんを見かける頻度が多くなった気がします。血圧が少しでも高い入院患者には、自動的に「減塩食」が出されているのが現状ですが、近年の減塩ブームには、脂肪や糖質の制限と同様に異常なものを感じます。

 我が国の死因を見ると、昭和26年から昭和55年までは脳卒中が第1位でした。 しかし、生活習慣の変化や医療の進歩とともに順位は下がり、現在はがん・心疾患・老衰に次ぐ第4位です。脳出血には、脳の内部の血管が破れる脳内出血と脳の周りを覆う血管が破れるくも膜下出血があり、脳内出血は昭和40年頃から急激に減少していますが 、くも膜下出血は今日に至るまで少しずつ増加し続けています。塩分摂取量の減少により高血圧が減少したことが、脳卒中が減少した一因と言われていますが、なぜくも膜下出血は減少しないのでしょうか。くも膜下出血は脳の表面を覆う動脈がコブ状に膨らんで動脈瘤となって破裂することがほとんどです。動脈瘤の原因は不明ですが、高血圧の人で破裂すると死亡率が3倍という事実を考えると釈然としません。

 血管の中の圧力が高いと出血しやすいことは間違いないでしょうが、もう一つ大事な要素があります。それは血管の強さです。血管の強さには、血管を構成しているタンパク質や修復に関わるコレステロールが重要な働きをしています。食生活の変化により、タンパク質と脂肪を十分に取れるようになったことが血管を強くし、脳内出血が減少した可能性はかなり高いでしょう。血管が強くなっても動脈瘤の破れやすさは関係ないとすると、くも膜下出血が減少していないことも説明できます。確かに異常な高血圧は脳出血だけでなく、心臓にも大きな負担をかけるので治療すべきです。私が医者になったときには、高血圧の基準は160mmHgで、年齢+90は許容範囲と言われていましたが、現在では140になり、130台でも注意を促されています。その影響で、降圧剤を使用する高齢者は珍しくありません。高齢者にあまり厳密な血圧のコントロールをすると、副作用によりふらつきやめまいが生じ、転倒や交通事故につながる可能性もあります。

 高血圧には「減塩食」を勧められますが、その効果とリスクの評価がなされているとは思えません。厚生労働省の推奨では、食塩の摂取量は男女ともに1日6グラム以下とされていますが、欧米の権威ある医学雑誌では10〜15グラムの人の死亡率が最も低いとされています。日本食はもともと塩分が多いことを考えると、欧米以上に高くてもいいのかもしれません。確かに重症の心不全では塩分制限により貯留する水分が減少するので重要ですが、少し血圧が高い程度の患者に厳密な塩分制限をするメリットは大きくないと思います。そもそも減塩食に限らず、高齢の患者に極端な食生活を強いるメリットがデメリットを上回ることは少ないと思います。もともと、タンパク質や脂肪の摂取量が少ない人が多い現状を考えると、高齢者こそ肉食を多く摂るほうがよいかもしれません。最近流行りの極端な糖質制限にも疑問です。要は自分なりにバランスの取れた食生活が大事ということです。私は血圧はやや高め、体重もやや多めですが、料理には減塩食品は一切使用しません。このような偏屈老人はどうなるでしょう。小太りの人が一番長生きするということは世界的に受け入れられていますが、日本では未だに「痩せが正義」という風潮があります。私は軽めの増塩食?を摂って、血圧が高めの「小太り爺さん」を目指します。


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