Vol.49 科学の基本を忘れた権威とメディアの怠慢
先日、日垣隆著「ダダ漏れ民主主義」を読んでいて、気になった事例を2つ紹介します。
一つは北朝鮮に拉致された横田めぐみさんに関するものです。横田さんが既に死亡している証拠品として送られてきた遺骨を、DNA鑑定で別人のものと断定して、政府が北朝鮮を強く批判したことがありました。このとき日本側は3つの施設に鑑定を依頼したのですが、警察庁の科学警察研究所はDNAを検出できず、東京歯科大学は鑑定不可能であることを理由に鑑定を辞退しています。結局、帝京大学の法医学教室のY講師だけが横田さんのものとは異なる2種類のDNAを検出し、これをもとに政府が強く抗議しました。もともと火葬された遺骨からDNAを検出することはかなり難しく、しかもこの結果は追試がおこなわれていません。またY講師が使った手法は、検査中に汚染される可能性があるので米国の法医学専門機関では用いられないものでした。疑問を持った科学雑誌ネイチャーの記者の取材に対してY講師は、「火葬された標本の鑑定は初めてで、今回の鑑定は断定的なものとは言えない」と答えました。その後、Y講師は警視庁の科学捜査研究所の法医学長に就任し、国家公務員の守秘義務を理由に一切取材を拒否しています。
もう一つは足利事件の菅谷さんの精神鑑定書にまつわるものです。極めてずさんなDNA鑑定が判決の決め手になったのですが、精神鑑定で被告が小児性愛者であると断定したことも大きな影響を与えました。この鑑定を行ったのは、過去に通り魔殺人やバスジャック事件も担当し、数々の著書もある精神科医で、当時は上智大学教授であったF氏です。わずか3回の面会で54ページに及ぶ鑑定書を作成していますが、根拠に乏しい主観的な内容です。そこで、弁護団は、被告と面会した際の録音テープを開示するように求めましたが、F氏は応じませんでした。そのため菅谷さんは民事訴訟を起こしますが、まず訴状にある自分の姓名に異なる字が使われていることを理由に拒否し(実は鑑定書の署名には訴状にある字を自ら使っています)、最終的にはテープは破棄したと答弁しています。
2つに共通するのは、後で検証ができないということで、この条件を満たさないものは科学とは言えません。この事例を知らなかったのは私の不勉強ですが、新聞やテレビなどの一般のメディアがろくに取り上げていないのは、怠慢と言えるのではないでしょうか。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第649号 平成22年7月15日(木) 掲載