新庄徳洲会病院

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掲載日付:2020.11.02

Vol.201 患者満足度と医療の質の微妙な関係

 2年続けて真夏に引越しをするはめになり、終了後に業務改善のためのアンケートへの回答を求められました。これは、引越しに限らず様々な業界で行われているようで、サービスの向上に繋がることもあるでしょうが、ひねくれ者の私は、従業員の勤務評定にも利用されているのではと勘ぐってしまいます。猛暑の中で頑張ってくれた彼らへの評価が低いと報酬に響くのではないかという気がして、あまりマイナスになることは書かないようにしました。

 医療界も同様で、私達のグループでも患者の満足度を調査するアンケートが年1回行われています。結果は各病院ごとに集計、順位も発表され業務改善の材料にするよう指導されています(職員の給与に反映されてはいないと思います)。投書と同じように、このようなアンケートで我々が見落としていることに気付かされることはありますが、あまり評判を気にしすぎるのも考えものと思っていたところ、先月の週刊新潮のコラムで医師である作家の里見清一氏が、面白い事実を紹介していました。一つは、2000年から2007年にかけてカリフォルニア大学の研究者が5万人以上の成人患者を対象に行った医療に対する満足度調査です。満足度が高い順に4つのグループに分けたところ、最上位のグループの医療コストは最下位のグループより9%多く、死亡リスクは26%高かったという結果でした。つまり、医療に満足している人ほど医療費を使う割にたくさん死んでいるのです。もう一つは最近のコーネル大学からの報告で、全米3000超の病院調査で、医療の質や患者の生存率は、満足度とはなんの関係もなかったというものです。どうも、医療の世界では、患者の満足度が高いことはあまり重要ではないようです。

 患者の満足度は、近代的な設備や清潔な環境、そして職員のコミュニケーション能力などに大きく左右されると思います。誤解を恐れずに言うと、患者は医療の妥当性や技術の上手下手を評価する能力はあまりないということです。例えば、小さな子どもが転落して頭を打って泣いているとします。タンコブはあるけれど、傷はなく血は流れていません。意識消失や嘔吐もなく、その他にもいつもと変わった様子もありません。このようなときには様子を見ることが医学的には最善なのですが、心配な保護者から「CT検査をしてください」と言われることがよくあります。このときに以下の3通りの医者-①医学的に意味がないからやりませんと事務的に言い放つ医者、②医学的に意味がないことを時間をかけて丁寧に説明する医者、③「わかりました。すぐにCT検査をしましょう」と言う医者-がいたとすると、③②①の順に保護者の満足度は高くなりやすいでしょう。①には冷酷な医者として苦情の投書が入るかもしれません。子供が無用な放射線の被爆を受けることは将来の発癌性の問題があり、デメリットに勝るメリットがないことを丁寧に説明しても心から納得してもらえないことは少なくありません。イライラしている時の私は①になり、忙しいときの私は③になりそうです。③は有害無益なことをして、医療費を無駄遣いして、なおかつ満足されるのです。ニセ医者が捕まると、患者からは「いい先生でした」という声が聞かれることがあります。ニセ医者は専門知識や技術に劣るので、優しく話を聞いた上で患者が満足することを実行するので、「いい先生」と評価されるのではないでしょうか。

 米国は病院間の競争が日本よりも激しく、患者の満足度を上げることに向けられる意識が相当高いので、患者の意向を忖度する傾向があるようです。無用な検査は合併症を生み、無用な抗菌薬は耐性菌を促し、鎮痛剤の多様は米国では麻薬の濫用にもつながっています。看護師やリハビリのセラピストも優しいだけでは患者の回復を遅らせることもあります。その全てによって医療費は上昇します。私が患者満足度と少し距離を取るのは、こういう理由からです。


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