新庄徳洲会病院

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掲載日付:2024.12.18

Vol.289 高齢者が運転免許を返上する前にすべきこと

 10月26日に飯塚幸三受刑者が、関東地方の刑務所で老衰のため93歳で死亡したという報道がありました。彼は2019年4月に乗用車を運転中に暴走させ、横断歩道の通行者などをはねて11人が死傷した「池袋暴走事故」を引き起こしました。ブレーキとアクセルを踏み間違えたことが事故の原因という検察側に対して、車に原因があったと主張しました。2021年の一審で禁錮5年の実刑判決を受け、控訴せず遺族にも謝罪し服役中でした。彼は、東大工学部を卒業後に通産官僚を経て、機械メーカーの副社長となり、叙勲もしています。救急搬送され入院し、取り調べには耐えられないと警視庁が判断し、逮捕は見送られました。エリートだからこその特別扱いと、当時は「上級国民」という言葉が流行しました。アクセルを踏み続けたにも関わらず、その記憶がないのは、事故当時に意識レベルが低下していたのではないでしょうか。意識障害になった原因を調べたという報道はありませんが、彼はパーキンソン病という神経難病のため通院し薬を処方され、主治医から運転は控えるようにとも言われていたそうです。

 高齢者は自動車の運転を控えろという風潮は近年非常に強くなり、免許の更新にも手間がかかるようになりましたが、本当に高齢者は事故を起こしやすいのでしょうか。免許保有者10万人当たりの交通事故件数は、16~19歳が最も多く、次いで20~24歳で、85歳以上が続きます。35歳~69歳はほぼ横ばいで、70~74歳から上昇し始めます。死亡事故に限ると、高齢者が若年層を少し上回っていますが、高齢者が重大事故を起こすとマスコミは大々的に取り上げるため、「高齢者は危険」というイメージが定着したような気がします。実際、多くの自動車保険では運転者を3段階に分けて、若者が運転するものは保険料が最大で3倍程度になります。営利企業である会社は損害を被らないように保険料を設定するので、若年者のほうが高齢者より危険とみなしているのです。当地のような人口減少地域では、回覧板を届けるのにも車が必要ということもあります。公共交通機関が貧弱な地域の高齢者から自家用車という移動手段を奪うと、行動が制限され閉じこもりがちになり、身体機能だけでなく認知機能も低下します。

 米国内科学雑誌(JAMA)の10月号の論文で、高齢者が起こした衝突事故で、約80%が運転に影響を与える薬物を使用していたと、精神科医の和田秀樹氏が指摘しています。この論文の趣旨は、事故の後も多くの人は薬を継続しているということですが、自動車社会の米国で多くの高齢者が運転に影響が出る薬物を使用していることが確かです。実は驚くほど多くの薬剤が、運転禁止または注意が必要とされています。睡眠薬・抗精神病薬・抗不安薬・抗てんかん薬・抗うつ薬のほぼすべてが該当し、普通のかぜや花粉症の薬・鎮痛薬など広範囲にわたり、貼り薬や目薬でも注意が必要なものがあり、市販薬も含まれています。また、高血圧や糖尿病の薬で、血圧や血糖が低下すると、意識が低下することがあり、注意を要する薬はゆうに千を超えます。

 このような事実はあまり知られていませんが、啓発が進まないのはなぜでしょうか。和田氏は、マスコミのコマーシャル収入に占める製薬会社の影響が大きいことを指摘しています。その他には、日本人の薬好きと医者の不勉強と怠慢があると思います。「治療=薬」という意識が強すぎる患者と、製薬会社の言いなりに治療を行う勉強不足の医師(私も含めて?)の存在、さらに昔ほどではないにしろ、薬を出さないと儲からないという制度も関係していそうです。飯塚受刑者が運転を控えるべきだったことは間違いないでしょうが、この事件は、自分の薬に関心を持ち、その危険性を知り、自分が生きる上での優先順位を考えて、薬を減らせないかを医師と相談することも大事だと教えてくれているような気がします。


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