Vol.298 患者の尊厳と安全を両立するためには
先日、職員向けのオンライン講習を受けました。受講後の確認テストでは、恥ずかしながら全問正解するまでにかなりの時間を要してしまいました。某国の首相の言葉を借りると、「七面倒くさい」講習でしたが、看護師は毎日のように患者の安全を守るための業務を優先的に行っていることに感心するとともに疑問も感じました。医療現場には様々な危険があるので、それを最小限にするための対策が講じられています。床ずれや転倒のリスクを頻回に評価し、それが生じた際には背景を分析し、次に活かす方策を提出しなければなりません。医師にも同様のことは要求されますが、その頻度は少なくとも10倍以上、いや100倍以上かもしれません。そのために消費される時間と労力は、現場を知らない人は想像できないと思います。さらに「働き方改革」という名の労働者から働く時間を強制的に奪う決まりがあるので、優先順位の上位にこの作業は位置します。その結果、本来の看護や介護にかけられる時間は短くなり質も低下しかねません。
2001年に厚生労働省は、施設の職員が自分の都合を優先して行った人権を軽視する行為をきっかけに、『身体拘束ゼロへの手引き』を出しました。その後、適用範囲が病院にも拡大され、昨年の診療報酬改定では「身体拘束の最小化」が入院基本料に明記され、対応しなければ診療報酬が減算されるというペナルティーが導入されました。各病院ではチームや委員会を作って、「アリバイ作り」とも思われる対策を講じていますが、そのためにさらに時間と労力を費やさなければならなくなりました。実際、この制度が開始された今年の6月は、当院でも約30万円の減算を受けました。今年3月に改定された「身体拘束廃止・防止の手引き」を読んでみましたが、これを作った人に看護や介護の現場を一週間でも体験してみてほしいというのが本音です。
患者の尊厳を守ることは当然のことですが、それと安全を確保することを同時に行うことは現在の我が国の医療介護体制では極めて困難と言えます。認知機能が低下しても、ある程度は意識があり、体も動かすことが可能な患者は数多くいます。そのような患者が転ばないように看護や医療を提供するにはどれだけの労力が必要かを想像してみてください。1日3交代で9人の人手は必要になります。このような患者が食事を摂れなくなっても延命のために、家族が経鼻胃管(鼻から胃に入れたチューブ)からの経管栄養を希望することは珍しくありません。鼻から喉を通して管を入れた状態は不快なので取り除こうとします。これを防ぐ目的で身体拘束が行われることは珍しくありません。少なくとも私の周りには、自分が楽をするために積極的に拘束を行う職員はいません。私は、そのような患者の家族には胃瘻(腹壁から直接胃に入れたチューブ)を造ることを勧めます。そのほうが患者の苦痛も身体拘束も減らすことができますが、いつのまにか形成された「胃瘻は悪」という誤った知識を持つ家族は拒否することがあります。
身体拘束をすると可哀想と責められた上に診療報酬を削られ、転倒するとなぜ縛ってでも転ばないようにしなかったのかと言われた上に訴訟になる、このような理不尽と向き合う現実を想像することが行政にはできないのでしょうか。患者の尊厳と患者の安全を保証するためには、医療従事者の労力と相応のコストが必要です。医療や介護を受ける側に、その現実を認識してもらう努力が、診療報酬の減算という脅し以上に重要なのです。医療には診療報酬という公定価格があるので、診療報酬で縛るのが効果的であることはわかりますが、この様なやり方が妥当とは思えません。質の高い医療や介護を、誰もが安価に受けられることを当然と考えることは愚かであるだけでなく、多くの人が不利益を被るのです。すべての人が「ほどほどの医療」を受けられるという妥協点を見出すほうが、より多くの人が不幸を免れる確率は高くなると思います。