Vol.240 マスクで小児を虐待?!
全国知事会長である平井鳥取県知事の求めに応じて、後藤厚生労働大臣は2月4日の閣議後の記者会見で、「感染の主流が高齢者と子どもに移り、次の感染が広がる起点になる子供のマスク着用も前向きに進めるべき」と述べ、新たな対策として『2歳以上から』のマスク着用案が出されました。確かに1月のクラスターの約1/3が学校・教育施設で、その中で幼稚園・保育所が最も多くなっています。分科会長代理である脇田国立感染症研究所所長も、子供への対策を強調し、学校での合唱やリコーダーなどの演奏、密集する運動を控えるように求めました。最終的に分科会の尾身会長は『2歳以上』とは明記せず、「可能な範囲で推奨する」という表現に留めました。
2年前までは、マスクには、症状のある感染者から咳やくしゃみからの飛沫をある程度抑制する効果は認められていましたが、健常者が着けることの感染予防効果は否定されていました。私は今でも、保湿や保温以外の感染予防効果は極めて限定的で、密集していない屋外や静かにしていれば屋内でも、効果はないと思います。咳が出やすい時に人前に出るときには着けるべきですが、むしろ人前に出ないのが原則です。今回のパンデミックにより急性呼吸器感染症の予防におけるマスクの地位は著しく向上しました。動物やスーパーコンピューターを用いた実験で、有効性が証明されましたが、今でもその効果を否定する研究結果も出ています。
マスク習慣がある我が国では、その効果を示す研究がしやすい環境にありながら、比較試験が行われていないようです。新型コロナへのマスクの有効性に関する大規模な疫学調査は、バングラデシュとデンマークで行われ、前者は有効性アリ、後者は有効性ナシという結論で、有効性アリもさほど大きな差ではありません。つまり、実社会でマスクを使用するメリットは大きくないということです。ということはデメリットがどれくらいあるかが問題になります。
プロ野球のキャンプでマスクを着けてベースランニングをしている写真を見ましたが、激しい運動時にマスクをするのは酸素の供給が不足するので危険です。昨年2月には大阪で体育の授業の持久走中にマスクをしていた小学5年生の男児が死亡しています。マスクと死亡との因果関係は不明で、問題なしと結論されていますが、親御さんは納得できないでしょう。スポーツ庁は、体育でマスクは不要との通知を以前から出していましたが、「児童が希望する場合は否定しない」とも併記しています。要するに、どのような結果に対しても責任は取らないということです。現場の指導者は上の指示に、保護者は同調圧力に従うという無難な道を選ぶことが多くなります。体育の時間にマスクは禁止し、どうしても着けたい子供は見学させるべきです。
更に大きな問題はマスクがもたらす子供の精神発達への影響です。顔の下半分が見えない状態では相手の表情はわかりません。それが標準となって、社会的距離を取って育つとどのような人間になるのでしょうか。ヒトは群れで生きる生物です。子供はじゃれ合って触れ合って大きくなり、群れの一員として生きる術を身に着けます。子供に対するデメリットは大きいと認識すべきです。もちろん研究も必要でしょうが、結果は子供の成長を待たなくてはならず、少なくとも十数年を要します。しかもデメリットが大きいとわかったときにはすでに手遅れの可能性が高いのです。子供はマスクを付けるべきではありません。もともとこの年代の子供は重症化することが極めて稀で、死亡者は0です。そのような子どもたちにマスクを強いるのは、政治家と専門家による虐待です。子供は感染して天然のワクチンを打つほうがいいというのが、あながち暴論とも言えないような気さえします。