新庄徳洲会病院

menu

<

掲載日付:2023.12.01

Vol.272 これまでにない薬不足

 医師免許を手にしてもうすぐ40年になりますが、今ほど薬が手に入りにくくなったことはありません。これは全国的な現象で、ほとんどの医療機関に見られます。コロナ騒動で特定の薬の需要が高まったことや、政情不安で原材料の輸入が困難になったことは影響していますが、それ以前からの現象です。不足している薬は広い範囲にわたり、必要不可欠なものもあります。問題は、後発医薬品(以下ジェネリック)が、「医療費の高騰を抑える」という大義のもとに急速に導入されたことと、「治療=薬」という考え方が定着し、薬が過剰に使用されていることです。

 医療機関で医師の診察を受け、処方・調剤される「医療用医薬品」には、先発医薬品と呼ばれる新薬と、特許が切れたジェネリックの2つがあります。新薬を開発したメーカーには特許権が与えられ、実質的に10年程度は、その薬を独占的に製造販売することができます。その後は、同じ有効成分で効果が同等であると国が承認すると、他のメーカーも製造販売することが可能になります。ジェネリックは、添加物を変更することができるので、形状・形・飲みやすさなどが改善されますが、最大のメリットは安価であることです。国は医療費節減のため、ジェネリックの使用頻度を増やすほど医療機関や調剤薬局に利益が出るような診療報酬の改定を繰り返してきました。現在では約80%の医療用医薬品がジェネリックになりましたが、利益を出すためには、脆弱な生産体制で多くの種類の医薬品を生産する必要があり、様々な無理が生じます。3年前に爪水虫の内服薬を製造する過程で睡眠導入剤が混入し、通常の10倍以上の睡眠導入剤を摂取し、死者が出た事件は有名です。最大の責任はメーカーにありますが、十分な安全管理をする余裕がない体制を強いた薬事行政にも大きな問題があります。厚労省の通達により厳重な生産体制をとったメーカーには、生産を維持することができなかったことが最大の要因だと思います。また異常な速さでメーカーが増えたのは、厚労省などの官僚の天下りとの関連も取り沙汰されています。

 医者は金儲けのために無駄な薬を出すという批判は、必ずしも当たっているとは思いません。薬価は年々引き下げられ、漫然と処方し続けてもそれほど収入は増えません。昔に比べて医療は標準化が進み、とんでもない医療が減った代わりに、画一化されてきました。ガイドラインが変わると、処方される薬も変わる時代です。「この病気には何をすべきか」が、「この患者に何をすべきか」よりも優先される時代と言ってもよいでしょう。病名に比例して薬が増えることが当たり前になり、「こんなにたくさんの薬を飲むと病気になりますよ」という冗談のような現象が起こるのです。診察や説明を重視しても、時間はかかりますが診療報酬は増えません。その上、薬を出さないと患者からは嫌な顔をされることも珍しくありません。始めから患者が望む薬を出したほうが、時間は節約できて収入も増えるというのは事実です。我が国の国民皆保険制度によって、薬が安価に手に入るようになり、医療を提供する側も受ける側も値段を意識する必要性が低下し、結果的に処方量は増大しました。

 新薬は、科学が進歩する限り生み出され、その多くは高額になります。社会が平和で、経済が好調であれば、命はお金よりも優先されます。戦後の奇跡的な復興を経て、日本国民は古今東西誰も経験したことのない平和と右肩上がりの経済を享受しました。その結果、Aという薬よりほんの少し効果のある数倍も高額のBという薬を、誰に対してもいつまででも使うことが正義になりました。しかし、経済が低迷した現代社会では、コストに見合った医療を行うしかありません。そのためには、ある程度の痛みを国民が受け入れる必要がありますが、選挙最優先の政治家はそれを口にできません。最低限の医療が保証できなくなった後には、最低の医療が残ります。


menu close

スマートフォン用メニュー