新庄徳洲会病院

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掲載日付:2024.07.20

Vol.282 「研修医の誤診」に対する違和感

 6月17日に新聞・テレビで「研修医が誤診、男子高校生が死亡」という医療事故報道がありました。病院側の記者会見と公開資料によると概要は以下のとおりです。昨年5月に日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院に、16歳の男性が嘔吐が続くため救急搬送されました。担当した2年目の初期研修医が診察し、「急性胃腸炎」の診断で帰宅させました。翌日に症状がよくならないので再診し別の研修医が診察して同様の診断で、よくならないようなら開業医を受診するようにと帰宅させましたが、症状が続くため翌日に開業医を受診したところ、「腸閉塞」の診断で同院の消化器外科へ紹介されました。検査で上腸間膜動脈症候群(SMA症候群)の疑いで同院の消化器内科に入院しましたが、入院後も大量に嘔吐し、脱水が強く点滴で補正し、不穏も見られたので鎮静剤が投与されました。その日の深夜に心肺停止となり、16日後に死亡しました。

 まず感じたのはSMA症候群で救急搬送され、翌日には心肺停止になるような事があるのだということです。この病気はあまり知られていませんが、腹部の大動脈とそこから前下方に出る上腸間膜動脈(SMA)の間にある十二指腸が血管に圧迫され詰まってしまい、上流の十二指腸と胃が拡張して、吐いたり痛みが生じるというものです。若い痩せた女性に多く、食後に吐くことを主訴に受診することが多く、救急外来では経験することは少ないと思います。今回のような患者を診て考えるのは、消化管穿孔や腸閉塞や急性胆嚢炎などの見逃しては命に関わる病気であり、それを除外するために採血やCT検査がなされています。その結果、「急性胃腸炎」を疑ったことはさほど問題はないと思います。ただCT検査で胃が高度に拡張していることに対する問題意識が少なかったことは反省材料です。患者の基礎疾患の有無などの背景はわかりませんが、初診時にSMA症候群と診断できなかったことは大きな問題ではないと思います。

 2度目の受診では、少なくとも上級医への相談はすべきでした。「同じ症状で2回救急受診した患者は原則入院させる」と私は厳しく教えられ、後輩にも伝えてきました。この病院での上級医への相談が行われなかった原因や背景は検証すべきですが、それには報告書では言及されていません。開業医から紹介され、CT検査の結果でSMA症候群を疑い入院させたことは正しい判断です。問題はこの後の治療です。大量に嘔吐し、不穏であったため経鼻胃管(鼻から胃に入れるチューブ)を入れなかったようですが、鎮静が必要なら、たとえ人工呼吸器管理をしてでも行うべきだったと思います。その後に鎮静剤を倍量投与したことは医療者側の意思の疎通ができていない点で問題です。急変してから約2週間の経過は記載されていないので、何が死因なのかもわかりませんが、入院後の初期治療の不備が最大の問題だったと私は感じます。

 二人の研修医の判断は正しいとは言えないでしょうが、これを前面に出す事例ではないと思います。また1年以上経過してから記者会見を行ったのはなぜでしょう。外部の専門家を委員に含めた院内医療事故調査委員会を設置して原因の究明と再発防止策を検討したようですが、資料を読んでも釈然としません。ご遺族が病院ヘのメッセージで、「研修医の誤診」という言葉を何度も使っていることから、病院から告げられていることは間違いないでしょう。この医療事故の本質は、未熟な研修医が診断できなかったことではなく、病院としての初期対応が不適切だったことです。SMA症候群の診断がつけられないことはさほど恥ずかしいことではありませんが、急性胃拡張を減圧もせず放置したことは、特にこのような大病院の場合、体質が問われるべきです。私もいつ記者会見をしなければならない立場になるかわかりませんが、医療事故に対しては、謙虚な姿勢で正直にありのままを説明するしかないと思います。


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