新庄徳洲会病院

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掲載日付:2022.09.29

Vol.253 死者への感染対策も過剰では?

 新型コロナは第7波で一気に身近な病気になりました。当院でも多くの入院患者さんや職員に感染が広がりました。オミクロン変異を遂げた新型コロナは、私のイメージと異なることはなく「たちの悪いカゼ」で、診療に関しては想定内でした。基礎疾患のある衰弱した患者さんが少なくない当院では、感染をきっかけに基礎疾患が悪化したり、誤嚥性肺炎を併発して亡くなることもありましたが、同じような高齢者でも2〜3日の軽い発熱だけで済んだこともありました。想定外だったのは、亡くなった患者さんの取り扱いが、未だに特別だったことです。

 2年前に亡くなった女優の岡江久美子さんは、救急搬送された後に家族が会えたのは火葬後だったと聞いたときには信じられませんでした。当時でも飛沫感染が主であることは判っていました。呼吸していない患者からは飛沫は出ません。接触感染への対応は十分可能です。にもかかわらず、死亡後には納体袋に入れられ遺族との面会も叶わず火葬場に直行し、家族は遺骨としか対面できないというのはあまりにも酷い仕打ちです。この程度の感染症で病死した人が死刑囚以下の扱いを受けなければならないのかと腹立たしかったのを覚えています。ところがそれから2年以上経っても基本的な取り扱いは変わっていませんでした。

 厚生労働省からは、「新型コロナウイルス感染症により亡くなられた方 及びその疑いがある方の処置、搬送、葬儀、火葬等 に関するガイドライン」という31ページに渡る文書が、令和2年7月29日に出されており、これが基本的には現在も指針として用いられています。その後の通達で、遺族に配慮して遺体の顔の部分は透明な納体袋を使用するように推奨されていますが、その他は大きな変更はありません。ガイドラインには、納体袋は非透過性のもので体液が漏出しないようにすること、飛沫が出ることはほとんどないので接触感染に注意すること、距離を取りマスクや手袋で接触には細心の注意を払うことと記載されています。確かに得体のしれない感染症であれば、遺体の搬送や火葬に従事する人も怖いでしょうが、2年以上経ち、オミクロン変異を経て毒性が低下し、第7波では至るところにウイルスが存在している状況なのですから、このやり方は過剰です。実際の運用は自治体によって異なり、当地ではさほど厳しくありませんが、今でも火葬場が空くまで病院で遺体を待機させ、特殊車両を用いて搬送し、直ちに火葬する自治体もあります。そのために20万円以上の余分な費用が発生することもあり、自治体によっては補助制度もあるそうです。

 死を弔うのは残された者のためです。ある哲学者は祟りを恐れるからだと述べていました。現代ではあまりピンとこないかもしれませんが、歴史を見ると納得できます。ベッドサイドの千羽鶴を見ると、その時間を使って患者さんをさすってあげるほうがいいのにと私は思います。死に目に会うかどうかより、意識があるうちに水を飲ませてオムツを変えてあげれば、残された者にとっても大事な思い出になるのにとも思います。私は薄情な人間ですが、普通の人にとって、近親者の死にどのように向き合ったかということが非常に大きな問題であるということは理解しているつもりです。死ぬ前にコロナが陽性になったという理由で、面会できないだけでなく、身体に触れることや耳元で話しかけることさえもできないというのはあまりに理不尽です。私は最大限の注意を払って、最後の別れが出来るように配慮しました。ルール違反があったかもしれませんが、現在行われているやり方が、感染予防のために正しいとは思えません。ルールは感染予防の手段のはずですが、ルールを守ること自体が目的になっているような気がします。これもまたゼロリクスが招く悲劇です。科学的な目と情を持った医者でありたいと思います。


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