Vol.197 主人公が頸髄損傷の映画2本
前回は筋萎縮性側索硬化症(ALS)のお話をしましたが、今回はそれと似た病態の頸髄損傷に触れてみます。外傷などで脊髄が損傷されるとそれ以下の神経が支配する身体機能が失われてしまいます。どのレベルでどの程度損傷されるかによって症状は大きく異なります。外傷が原因であることが多いので若年者に多く、障害部位は頸髄が最多です。頸髄上部が損傷されると、呼吸ができなくなり、ALSと同じように気管切開や人工呼吸器装着が必要になることもあります。ALSで障害されるのは運動機能だけですが、頸髄損傷では感覚や自律神経も障害されます。自律神経が侵されると、発汗による体温調節が困難になったり、排便障害も起こりやすくなります。生殖機能は保たれることがあり、男女ともに子を残している人がいます。寝たきりになることが多く、肺炎などの感染症になりやすく、長く生きるには困難がつきまとい、なおかつ意識がはっきりしている点もALSと似ています。死因は肺炎が最多で、その他の感染症や悪性腫瘍が続きますが、男性患者の自殺率は一般人の10倍以上という報告もあり、安楽死を求める人もいます。
頸髄損傷とその介護者を描いた映画を2つ紹介します。一つは実話に基づいたフランス映画「最強のふたり」、もう一つは邦題「きみと選んだ明日」という英国の小説を映画化した「世界一キライなあなたに」です。どちらも事故で首から下が完全に麻痺したお金持ちと貧しい境遇にある若い介護者の物語です。スラム街に住む青年が失業保険目当てに介護士の面接を受けに来るところから「最強のふたり」は始まります。本音をズケズケ言い、介護には全くの素人である青年に興味を持った主人公は、彼を雇うことになりそこから笑いと涙の物語が進みます。「世界一キライなあなたに」でも、家族を養っていた若い女性が失業したために、どんな仕事でもいいからと給料のよい介護職に応募して採用されますが、頸髄損傷の青年は人生に絶望し、両親にあと6ヶ月だけ生きて、その後はスイスで安楽死をすると宣言しています。考えが変わることに望みをつなぐ両親に採用されて舞い込んだ天真爛漫な女性と青年の恋の物語です。
2つの作品に共通するのは、介護する者とされる者がどちらも変わっていくことです。二人の障害者は生きる希望を見つけ、介護を通して介護者の人生も大きく変わっていきます。それぞれの道を選択する姿には単なる友情物語やラブストーリー以上のものを感じました。4人の俳優の演技も素晴らしく、音楽もとてもマッチしています。「最強のふたり」で主人公の誕生パーティーのクラシックコンサートの後に、介護者の青年がアース・ウィンド・アンド・ファイアーの「ブギー・ワンダーランド」に合わせて踊りはじめ、その場で皆が踊る場面は大好きです。「世界一キライなあなたに」の結末は書きませんが、主人公の選択は尊重されるべきかなと思います。この作品で、介護士を演じたエミリア・クラークは、どうしたらあれほど眉毛が動くのかというほどの豊かな表情でとても愛らしいのですが、実は彼女はこの映画を撮影する数年前に2度も脳動脈瘤の手術を受け、1回目はクモ膜下出血を起こして緊急手術を受けています。術後は自分の名前さえ言えない状態が続きましたが、懸命のリハビリで回復しました。映画での演技では全く想像できませんが、困難を乗り越えてこの役を演じたことは心にしみます。
知能や精神が保たれながら、身体の自由が失われるということがどういうことで、そうなった時に人はどのように考えどのように行動するのかを知り、自分がその立場になったらどうするかを考えるにはよい材料だと思います。安楽死の是非は簡単に結論できるものではなく、これが最良という答えはないように思います。正解を求めずに自ら考える姿勢が大事なのではないでしょうか。どちらもお勧めの秀作です。