新庄徳洲会病院

menu

<

掲載日付:2016.08.15

Vol.133 大橋巨泉氏の死亡報道に思う

 先月亡くなられた大橋巨泉氏について、NHKニュースで「入院先の病院で急性呼吸不全のため亡くなりました。」と読み上げられた時は、「?」と思いました。急性呼吸不全は、死亡診断書に記載する原死因(直接に死亡を引き起こした病気)としては不適切と厚労省のマニュアルに書かれています。病気や事故により急に呼吸不全に陥ったのであれば、死因として記載することはあっても原死因にはなりません。原因となる病気や事故を公表したくない事情があるのだろうと思いました。

 果たして、その後の家族から、「最後の在宅介護の痛み止めの誤投与が無ければと許せない気持ちです」という声明が出されました。雑誌に連載中だった彼のコラムの最終回には、モルヒネ系の内服薬を飲み始めた頃から「記憶は曖昧になる」と書かれています。この薬を服用すると眠くなることが多く、最も重大な副作用は呼吸抑制です。とすると、モルヒネの内服を過剰に投与したために、眠気が出て、さらには呼吸ができなくなったということになります。用量や期間などは分かりませんが、本当に過剰に投与していたのであれば、これは医療事故であり、場合によっては医療過誤と呼ばれる可能性もあります。

 家族はがんセンターの先生から、「今のところがんはないので、まずは体力を回復させましょう」と言われたということですが、この薬は癌による強い痛みにしか保険適応がなく、巨泉氏の癌がこの時点でないというのは無理があります。彼は状態が悪くなり、自宅から集中治療室に入院し、そのまま亡くなります。集中治療室は、救命を要する患者に濃厚な医療を提供する場であり、末期癌の人が亡くなるところではないので、不測の事態が起こったことは間違いないでしょう。結局のところ、この報道で言えることは、巨泉氏の家族が在宅医療を行った医師に強い不満をもっていることだけで、それ以上のことは判断できません。

 有名人の闘病記は、病気で苦しんでいる人を励ます効果はあるでしょうが、同じ病気でも中身が違うことが多く、またその情報の不確実さと思い込みの強さを考えると、役に立つとは思わないほうがよいでしょう。この報道を目にした人の多くは、モルヒネなどの麻薬は怖い薬なんだと思うはずです。注意は必要ですが、知識と経験があればこれほど有用な薬はありません。たとえ、治すことができなくても癒やすことができるからです。もし神様が、人間を懲らしめようと薬を全部取り上げるが一つだけ残してくれるというのであれば、私は迷わずモルヒネを残してもらうようにお願いします。

院長 笹壁弘嗣
新庄朝日第795号 平成28年8月15日(月) 掲載


menu close

スマートフォン用メニュー