Vol.84 カリフォルニアの親戚
医療の送り手と受け手の信頼関係が重要であることは、これまで何度もお話してきました。日頃から顔を合わせ話をしていると、医療者はご家族の歴史や現状がわかってきます。また、ご家族も医療者の仕事の大変さをある程度は理解してくれます。そのような状況では治療の目標を共有できるので、今後起こるかもしれない望ましくない出来事への準備もしやすくなります。
顔を見せない家族はそうはいきません。特に都会にいる医療関係者や権利意識の強い知識人(特にメディア関係者)には、これまで築いてきた信頼関係を壊されることがあります。 患者さん自身も気兼ねして、その人の意見にしぶしぶ従うことも少なくありません。 そのために無用な処置を受けたり、穏やかな死が迎えられないこともあります。一度トラブルになると、医療側も文句を言われないことを最優先にしてしまいかねません。
米国には「カリフォルニア娘症候群」という言葉があるそうです。元々は、故郷を何年も離れていたカリフォルニア在住の娘が、年老いた父親が病気になった時に絶対にセカンドオピニオンを聞くべきと主張したため、老夫婦はそれに従ったのですが、なぜ自分がセカンドオピニオンを求めているかが理解できないので、医療を受けることに不安を感じてしまったという事例から来ているようです。
近著「医療にたかるな」の著者で、北海道の夕張市の医療再建に取り組んだ医師の村上智彦氏は、このような家族を「カリフォルニアの親戚」と称して、次のように定義しています。 普段は遠く離れたところに住んでいて、年老いた親の面倒は一切看ないし、「忙しい」と言ってろくに見舞いにも来なかったくせに、いよいよ要態が危うくなった段階で突然出てきて、「聞いていない!」「説明しろ!」「しかるべき医療機関に移して出来るだけの医療を!」などと大声で騒ぎ立てる「自称親思い」の人。医療者なら誰もが一度は出会ったことがありそうです。
高齢者の医療においてキーになるのは同居している息子の妻であることが多いと思いますが、都会に嫁いだ娘はさらに発言力が大きいかもしれません。男性は女性に比べて、よく言えば論理的、悪く言えば薄情なので、あまり前面に出てこない傾向があります。したがって、お嫁さんと娘さん、この二人との関係がうまくいくと診療は進めやすくなることが多いと言えます。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第717号 平成25年5月15日(水) 掲載