新庄徳洲会病院

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掲載日付:2022.03.07

Vol.243 曲言:雪深い東北から徳洲会の未来を考える

曲言(徳洲新聞の『直言』に不掲載になったので『曲言』として公開します)

雪深い東北から徳洲会の未来を考える
徳洲会・医療界・社会と向き合う目を持とう

ブロック化構想が絵に描いた餅にならないために

 山形県の豪雪地帯に赴任して、19回目の冬を迎えました。感情の起伏が激しくパワハラ体質のくせに、管理能力に欠ける私が、名ばかりとは言え院長を続けられたのは、医療に真摯に向き合う職員と素朴な住民と家族のおかげです。今冬も通勤時には吹雪によるホワイトアウト・凍結路面・除雪渋滞に悩まされ、自宅の除雪という重労働が必須の職員も多く、肉体的にも精神的にも疲労が重なるなかで、皆が無事に春を迎えられるよう祈らずにはいられません。
 コロナ騒動(感染症の実体以上の影響を社会に及ぼしているので、あえて私はこう呼びます)が始まって2年以上が経ちましたが、山形県では、都市部とは異なり公的病院を中心とした医療体制が行政により構築され、民間病院に要求されるのは主に後方支援です。感染拡大時には専門病棟をつくることも考えましたが、県立病院からコロナ以外の患者さんを受け入れただけで、2月上旬の段階では混乱はありません。
 このような地域で、グループ内でも常勤医の充足率が最低レベルで、高齢化率が最高レベルの当院にできるのは、メインルートからこぼれ落ちる医療需要を拾い上げることだと考えてきました。今後も人口減少と少子高齢化が進むなかで、地域に貢献し、経営が成り立ち、そして職員が希望をもって仕事ができる道を探さなければなりません。近い将来予想される限界集落の統合化など地域の再編を先取りする気概をもって、約10年後の新築移転では、小さく機動力のある病院、介護から在宅医療やある程度の急性期医療に継ぎ目なく対応できる病院を目指すべきと考えています。医者が少なくても、やる気のあるコメディカルがいて、グループとしてノウハウの蓄積がある我々にはモッテコイです。


大きな権力の怖さと脆さ
正義を背負うやましさも

 先ごろ、安富祖理事長が打ち出された徳洲会のグロック化構想は、大きな組織の維持と発展には不可欠だと思いますが、実行には多くの困難が予想されます。巨大化し過ぎた組織が崩壊するのは内部からであることは、理事長が選出された理事会の出席者は感じているはずです。私は悲しい思いでただ一人白票を投じました。グループが衰退することは、当院のような弱小病院には死活問題です。
 全国セミナーで、収支を論じることは重要でしょうが、それに時間が使われ過ぎていないでしょうか。「働き方改革」が政府の方針であることは理解できますが、職員を幸せにする手段であり、数字合わせ自体が目的になるようでは本末転倒です。人気のない寒冷へき地では人員確保に多大な労力を要し、一人の離職の影響が非常に大きいことを理解してもらい、その上で医師以外の職員の待遇改善を考えてもらえればありがたいです。
 がんに対する粒子線治療や弁膜症に対するカテーテル手術など最先端の高額医療が、全国に広がっていますが、治療成績を上げ、初期投資を回収し、収支を合わせるために、適応が広げられている現実を見ると、国民の幸福にどれほどつながるかは考えざるを得ません。過剰な医療を抑制することは、医療費の高騰を防ぐためよりも、医療の本質を見失わないためにこそ重要です。また、民間組織が、経営を維持しながら最先端の医学研究にどこまで資金と労力をつぎ込むことが妥当なのかも議論を尽くすべきではないでしょうか。


広い視野で理性的な議論を
内なる危機を忘れず冷静に

 徳洲会が設立当時の理念とは全く違った組織に成り下がってしまう危険性を、私は感じています。そうならないためには、相手を論破するのではなく、異論を受け入れて理性的に議論を積み重ねる場が必要です。『徳洲新聞』もその場であることを期待しています。
 現代は不自由な時代です。コロナ騒動以外にも、怪しげな地球温暖化防止のための二酸化炭素の排出削減、コスト度外視の再生エネルギーへの移行、電気自動車こそ救世主などというあまりに愚かな既定路線が敷かれ、異論を許さない同調圧力が蔓延しています。幸い徳洲会には言論の自由があり、「医療者のワクチン接種は義務だ」という命令もなく、私の発言も許容されています。
 私には徳洲会の未来像を描く能力はありませんが、経営が成り立ちながら、職員が誇りをもって歩んでいけるよう、共に考えたいと思います。多数決に従うのが民主主義ですが、多数派が正しいとは限りません。短期的には独裁のほうが正しい道を素早く進むこともありますが、絶対的な独裁は長期的には例外なく腐敗するという真実を歴史から学んだ結果、とりあえず民主主義がよしとされているだけです。
 徳洲会も徳田虎雄という天才の独裁的な手法で日本の医療会に大きな旋風を巻き起こしました。その理念は今でも色あせていないと言うより今だからこそ忘れてはいけないことだと思います。しかし、長年続く体制にひび割れや水漏れが生じたことも事実です。それを自覚したからこそ、新しい方向に舵を切ったのではないでしょうか。古臭い権力への憤りで生まれた徳洲会が、時を経て巨大な医療グループという権力の座を手に入れたことは疑いもない事実です。驕ることなく、真摯な疑いの眼を自らにも向けながら、皆で頑張りましょう。


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