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掲載日付:2026.10.17

Vol.319 新薬の承認と医療保険制度の違い

 9月29日付の日本経済新聞の一面トップは、「米新薬、日本で半数使えず」という見出しで、日本の厚労省にあたる米国の食品医薬品局(FDA)で過去5年間に承認された薬238品目のうちで約半数の127品目が日本では承認されていないことを取り上げていました。そのうちの多くが、癌や希少疾患の治療薬であり、これらの治療が遅れることを懸念しています。確かに米国よりも新薬が承認されにくいことは間違いありません。その理由と影響について考えます。

 まず、自由競争社会の米国では、癌や難病に対して、最終的に生存率が上がることよりも選択肢を広げることを優先する傾向があり、大規模な臨床試験を簡略化することで、より迅速に承認されるようになりました。次に、日本人固有のデータを取るために臨床試験の追加を求められることも指摘されますが、人種による効果の差が生じることは稀ではないので、ある程度は仕方ないと思います。むしろ我が国の臨床試験に関しては、かつて降圧剤のディオバンでも明らかに露呈したように、正当性に問題があることと、最も信頼性の高い二重盲検試験(医者も患者も治療内容を知らない試験)が行われることが非常に少ないことです。3つ目の要因は、遺伝子や細胞を用いたバイオ医薬品が多く登場し、中小の新興企業が開発の主役となったために、世界最大の市場である薬価の高い米国での利益を挙げることに全力を注ぎ、手続きが煩雑で言語の壁が高く低薬価の日本にコストを掛けて進出するのを躊躇うことです。極めて例外的なのがコロナワクチンです。官民揃って接種を義務化するような勢いで、2兆数千億円分を購入しましたが、1/4以上が未使用で廃棄されています。このように我が国は科学的検証と手続きの一貫性が欠けています。

 米国のように新薬が次々に承認されるとどうなるかを考えてみます。確かに大きな利益を受ける人は減りますが、同時に不利益も減る可能性があります。また、米国には高齢者と貧困層以外には公的な保険制度がありません。高額な新薬は、公的保険や安価な民間の医療保険では対象外
で、一部の富裕層だけが使えるはずです。一方、我が国の医療は富裕層から貧困層まで同一の保険制度で行われます。そのため、すべての人が平等に公的保険で高額な薬を使用できるだけでなく、医療費が上限額を超えた場合にその超えた分を支給する高額療養費制度まであるのです。これが、稀な疾患に対してだけでなく、認知症や脳梗塞など数百万人単位の患者がいる疾患に対して年齢制限もなく適用されると、医療費はどうなるでしょう。米国では新薬の承認が増えても一般人にはあまり関係ありません。米国と大きく医療保険制度の異なる我が国は、公的保険制度をどうするかという問題を無視して、このような報道をするのはフェアではないと感じます。

 新薬は高額なことが多く、1回の治療に約3億円掛かるものもあります。もし年間100万人以上が発病する脳梗塞に、5000万円の新薬が開発されて、10%の患者に使われたとすると、医療費は5兆円増加します。脳梗塞は高齢者が多いので、余命は限られています。子どもの希少疾患を劇的に治療できる薬が1億円しても、保険適応にすべきです。それは将来社会に還元する可能性があるからです。果たして高齢者が国民にもたらす利益は釣り合うでしょうか。1つの治療薬だけで医療費がこれだけ増えるのです。当然保険料や各種税金は増え、最終的には国民皆保険制度が破綻する可能性があります。年齢による差別だという批判を恐れる政治家がこのような政策を進められるとは思えません。資産の多寡や社会的地位ではなく、最も公平なのは年齢による区別だと思います。完全に米国型を目指すのでなければ、医療に年齢制限を設けるしかないように思います。まずは無駄な医療を保険から除外し、年齢別医療を明確にして、全体の不幸を最小にするために多少の不幸は受け入れるのがよいと私は思います。


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