Vol.30 選択肢が多いことの功罪
困難なことに直面したとき重要なことは、選択肢を多く持つことができるかどうかであると、矢部正秋著「プロ弁護士の思考術」を読んでから強く意識するようになりました。そこには、「不快な現実を変える上で重要なことは、選択肢を増やすことである。選択肢が多いということは、自由度が大きくなる。他方、二つに一つという考え方は簡単だが危険なことが多い。」と書かれています。
これを医療に当てはめるとどうなるでしょうか。医学の進歩と共に選択肢は確実に増えました。例えば、癌の治療では、手術・放射線・抗癌剤などの中からいろいろな選択が可能になりました。インフォームド・コンセント(説明と同意)とは、医療側が選択肢を提示しその長所と欠点を説明した上で、患者さんと医療者が治療方針を決める過程とも言えます。したがって、患者さんやご家族も選択肢の内容を理解する必要があります。しかし、現実には一般の方が初めて経験する医療の中味を理解することは非常に難しいことが多く、まして積極的な治療はしないということを選択肢に加えることはほとんど不可能かもしれません。
終末期の医療においてはさらに深刻な問題が生じます。野生の動物は、動けなくなると、食べ物を手に入れられないだけでなく、逆に食べられてしまいます。人間は、動けなくなっても死ぬことは、少なくとも現代の日本ではほとんどありません。では、食べられなくなったらどうでしょうか。意識がなくなったり、飲み込めなくなったり、のどや食道がなくなったり、いろんな原因で食べられなくなることがありますが、点滴以外にも、胃に入れた管から栄養剤を注入することでも命を維持させることができます。お腹の皮膚から直接胃に管を入れるのは胃瘻(いろう)と呼ばれ、以前は手術が必要でしたが、最近では内視鏡を使って比較的簡単に造ることができるようになり、鼻から胃に管を入れる頻度が随分減りました。ところが、脳卒中などで意識障害になると、回復の見込みがなくてもほとんど無条件で胃瘻を造ることが少なくありません。胃瘻で栄養を入れるという選択肢を手に入れると、それをやらずに済ませるということは大変難しいことなのです。これは、どのような最期を迎えるかを患者さん本人やご家族があらかじめ考えていない場合に特に多いように感じます。日頃から最期について家族で話す意味はこの辺にもあると思います。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日 第595号 平成20年4月15日 掲載