新庄徳洲会病院

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掲載日付:2020.06.26

Vol.190 「使った、治った、だから効く!」に科学は勝てない

 新型コロナの治療薬として、5月7日にレムデシビルが申請から3日後という異例の速さで承認されました。一方、我が国で開発された抗インフルエンザ薬であるアビガン(ファビピラビル)は5月中の承認が見送られました。

 レムデシビルは、エボラ出血熱に対して開発された注射薬ですが、新型コロナに対して米国で緊急使用が認められたため、我が国でも医薬品医療機器等法に基づいて、申請からわずか3日で特例承認され、集中治療を要する重症者に対して用いることが可能になりました。保険適応ですが、今のところ患者の負担金はありません。効果を調べるために中国と米国で行われた比較試験の結果では、回復までの期間が、中国では差が見られませんでしたが、米国では、対照群15日に対して、レムデシビル群11日で、有効と判定されました。死亡率は両者ともに差が認められませんでした。有効ではあるけれど、劇的な効果は期待できそうにはありません。

 一方のアビガンは、ノーベル賞の本庶・山中の両先生も積極的に使用を推奨しており、山中先生はインターネットの番組で「首相の鶴の一声による承認」を求めていましたが、承認は見送られ比較試験の結果を待つことになりました。アビガンはインフルエンザに対する内服薬としてすでに承認されていますが、新型コロナには使用量も使用期間も異なるため、原則として新薬と同等の比較試験が必要とされます。動物実験で胎児への悪影響が懸念されたので、インフルエンザへの使用は積極的には勧められてきませんでしたが、これは使用者に注意を払うことで防ぐことが可能です。肝機能障害や腎機能障害などその他の副作用もさほど深刻なものはなさそうです。比較試験は6月中には終了予定ですが、対象は100例以下で、回復までの期間が主要評価項目です。おそらく、差が出るとしてもかなり小さく、統計学的に意味のある差とはならない可能性もあります。我が国では死亡者が少なく、死亡率には差が出ることはないでしょう。結果に関わらず早期の承認を求める声が多いようですが、私は科学の原則を守るべきと考えます。

 自国で用いる薬を自国で調べるのは当然ですが、すでに「いい薬」という評判が高いアビガンの有効性が証明できなかったときに、再度比較試験を行うことは難しそうです。試験に参加すると、アビガンが投与される確率は半分くらいですが、参加しなければ確実に投与されます。試験に参加すると費用は無料ですが、参加せずに使用した場合でも観察の対象とはなるものの、負担金は発生しません。このような状況で試験に参加する人がいるでしょうか。結局どこかの貧しい外国で、「日本の特効薬を半分の確率でタダで飲めるよ」と言い募って行うことにでもなるでしょうか。自らはリスクを引き受けず、弱者を利用する態度は、恥以外の何物でもありません。

 もう一つの懸念は、アビガンが承認されたら、抗インフルエンザ薬タミフルと同じ現象が起こるのではないかということです。早ければこの冬には新型コロナの迅速診断キットが普及し、外来で速やかに診断される(誤診は少なくないが…)ようになります。軽症者はもちろん無症状な濃厚接触者も、検査の陽性者はアビガンを希望するでしょう。また、検査に偽陰性が多いことを考えると、陰性者にも使用される可能性もあります。世界のタミフルの8割が我が国で使用されるという異常事態と同じことが起こるのではないでしょうか。しかもそれによって得られるものは、タミフル同様に罹病期間が少し短縮されるだけということも十分ありえます。感染した有名人が、「アビガンを使ったらよくなった。これはとてもよく効く薬だ。」というのは、科学の世界では最も価値が低いのですが、一般社会では最も強い説得力を持つことも確かです。


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