Vol.156 高齢者の終末期における経管栄養
今回は、加齢や認知症などで回復の見込みがなくなった高齢者への経管栄養について考えます。
消化器の機能が保たれている人に、胃腸に入れたチューブから栄養を供給することを経管栄養と言います。点滴と異なり必要な水分と栄養をほぼ完全に提供できるので、長期に生命を維持することも可能です。経管栄養の主な経路には、経鼻胃管と胃瘻(いろう)の2つがあり、前者は細長いチューブを鼻から喉を越えて、食道から胃の中に先端を進めます。簡単に始められますが、チューブが細長いので、液体しか入れることができず、薬で詰まってしまうこともあります。鼻から喉に強い違和感を生じるので、意識がある患者さんは苦しくて抜いてしまうことがあります。それを防ぐために、指でつまめないように介護ミトンと呼ばれる大きな手袋をはめたり、手を縛ったりするなどの「体幹抑制」と呼ばれる処置が必要になることが少なくありません。胃瘻は、上腹部の皮膚から直接胃に太短いチューブをいれるので詰まりにくく、違和感は少なく、構造も抜けにくいので、自分で抜いてしまうことは稀ですが、抜けた状態で放置すると穴がふさがってしまいます。
経鼻胃管は、喉から食道に入りにくいことがあり、チューブが気管に入ってしまったことに気づかずに、栄養剤を入れるとひどい肺炎を起こします。胃瘻は、経鼻胃管より長期に留置でき、交換の手間もリスクも少ないのですが、稀にチューブの先端が胃に入らずに、栄養剤が胃の外側からお腹の中に広がり腹膜炎になることがあります。どちらの場合も、このような致死的な合併症を防ぐために、レントゲンや内視鏡でチューブが適切に留置されたことを確認することが重要です。胃瘻は経鼻胃管よりも肺炎になりにくいことが期待されましたが、頻度は同等です。
かつては開腹手術が必要だった胃瘻は、20世紀末に内視鏡を用いて比較的安全に短時間で作れるようになり、急速に広まりました。我が国は胃瘻造設が多く、人口あたりの件数が英国の10倍も多いことが数年前に話題になりました。近年は減少傾向で、平成20年の10万件から平成26年には6万件になりました。その理由は医療政策です。診療報酬改定で胃瘻造設の診療報酬が大幅に引き下げられたことと、造設前に嚥下機能を評価することが半ば義務付けられたことが大きく、行政側が意図したかどうかは分かりませんが、無節操に作リ過ぎた胃瘻に対して「非人道的な処置」というイメージが広がっています。それが新たな問題を引き起こしていることについては、次回にお話します。
院長 笹壁弘嗣
新庄朝日第839号 平成30年6月15日(金) 掲載