新庄徳洲会病院

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掲載日付:2021.07.07

Vol.221 医療従事者の感染リスク

 私は胸部レントゲン撮影を毎年受けています。これは肺癌検診ではなく、医療機関に勤務する者は結核などの疾患に罹患しやすいので、感染拡大を防ぐために、労働安全衛生法に基づいて雇用者に義務付けられている健康診断です。我が国では看護師が結核に感染するリスクは一般人の4倍程度あるという報告があり、検査技師や解剖に従事する関係者は更に高いと言われています。2018年の新規登録は14460人で、そのうち475人(3.3%)が医療従事者で、2019年には結核で2088人が死亡しています。死亡率は新型コロナよりかなり高い疾患です。

 医療従事者は、他にも様々な感染症に職場で罹患するリスクがあり、そのために命を落とすこともあります。有名なのは1987年に三重大学附属病院の小児科に勤務する医師2人が、患児から感染したB型肝炎が劇症化して亡くなった事件で、これを契機に全国調査が行われ、2年間で7人の医療従事者が針刺し事故による感染から劇症肝炎となり死亡していたことが判明しました。B型肝炎は、ワクチンや針刺し事故直後の治療法の確立や、医療安全対策の啓蒙による針刺し事故の減少によって急減しましたが、医療現場で感染症のリスクが高いことは間違いありません。

 危険と隣り合わせの職業にはどの程度のリスクがあるのでしょうか。警察官は全国に約23万人いますが年間の殉職者は10人前後です。消防職員は約16万人で十数人、自衛官は24万人で10人前後です。非常事態に対して十分な訓練を受けている専門職も、この程度のリスクを日頃から背負っているのですが、今回のコロナ騒動で、医療従事者はどの程度のリスクを背負ったのでしょうか。5月末にWHOは、世界で11.5万人の医療従事者が、3月に国際看護師協会は、60か国で約3000人の看護師が、それぞれ死亡していると発表しました。我が国の医療従事者は200万人以上いるはずですが、新型コロナで死亡した医療従事者は、検索した範囲では70代の男性医師2人以外には見当たりませんでした。また、滋賀県で、コロナ対応病棟の従事者と、それ以外の病棟勤務者の合計約1200人に対して、ワクチン接種前の2月に採血し抗体検査を行ったところ、抗体保有率に差はなく、国が昨年12月に実施した一般人の保有率とも同等でした。さらに、東京都の資料によると、医療従事者の感染者数は、第3波のピークだった1月が526人(全感染者数の1.3%)、2月が366人(同3.3%)、3月が237人(同2.5%)でしたが、その後急激に減少し、4月が77人(同0.4%)、5月が46人(同0.2%)になっています。感染者数だけでなく全体に占める割合も大きく下がったのは、2月に始まったワクチンの医療従事者向けの優先接種が原因と考えられます。以上から、我が国では今のところ医療従事者の新型コロナに対する感染・重症化・死亡のリスクは、一般人に比べて高いとは言えないようです。

 医療従事者の中でも新型コロナ患者に接する者は、感染機会が多くても感染予防対策がきちんとできている上に、ワクチン接種が進んでいるという追い風もあるので、患者との接し方も以前のような過剰とも思える対策は控えるようになってきているようです。感染リスクが高くないのであれば、ワクチン接種が進んだこのタイミングで、ぜひとも二類感染症の指定を外してほしいものです。山形県は初期段階から県のレベルで医療機関の役割分担を明確にしているので、私の病院では新型コロナの患者は外来で2例経験しただけですが、患者が急増した際には、専用病棟を作り最大限受け入れることを行政側にも伝えています。何の装備もなく燃え盛る炎に飛び込んでいく消防士は無謀ですが、訓練を受け装備を整えてなお現場に向かわないのは職務怠慢でしょう。同様に、知識と技術を身に着けた医療従事者が、コロナという炎から「発熱患者お断り」と逃げ出すのは、医療者としての矜持が問われるのではないでしょうか。


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