Vol.284 スポーツにおける性別問題
パリ五輪の女子ボクシングで、性別疑惑の二選手が金メダルを獲得しました。当初は生物学的には男性で性自認が女性であるいわゆるトランスジェンダー女性と、その後は外性器は生まれながらに女性であるにもかかわらずY染色体を有する性分化疾患の一種であるアンドロゲン不応症(男性ホルモンに対する反応が先天的な病気)と言われていますが真偽は不明です。国際ボクシング協会(IBA)が過去2回行った性別検査で、Y染色体の存在とテストステロンという男性ホルモンが高い値を示したことから、世界選手権に参加できなくなりました。外性器の確認は行われていません。国際オリンピック委員会(IOC)とIBAは、政治的背景により対立しており、今回の五輪では、パスポートで女性とされているというIOCの判断で参加が認められました。
過去10年で急速に増えているトランスジェンダーは、若年の生物学的女性が性自認が男性と主張することが圧倒的多数でしたが、スポーツ界では、男性的な身体的特徴を持つ人が女性と称して女子スポーツに出場することが問題になっています。本来の女性がスポーツ界から排除されるだけでなく、身体接触を伴う競技では安全性が損なわれる懸念もあります。今回はボクシングという格闘技で、実際にパンチを二発受けた時点で危険を感じて棄権した選手もいました。
女子スポーツにおける性別問題は昔からあり、1964年の東京五輪で共産圏からの選手に疑惑が持たれたことがきっかけになり、性別検査が行われるようになりました。当初は女性選手が全裸で医師団の前を歩かされることもあったようですが、68年のメキシコ五輪からは口腔粘膜から採取した細胞でY染色体の有無を調べるようになりました。しかし、このやり方も人権侵害として96年のアトランタ五輪が最後になりました。その後、南アフリカの陸上競技選手が女子としては速すぎることから男性ではないかと疑われたことから、男性ホルモンであるテストステロンを測定し、それが高いと女子としては参加はできないという方法で再開されました。
この選手は、テストステロン値が高く、精巣があると報じられており、これが事実であれば、アンドロゲン不応症の可能性が高いと考えられます。この疾患にはホルモン感受性の違いによって様々な種類があり、陰茎がある人から外性器はほぼ女性で膣がある人までいます。この選手は女性と同姓婚していますが、中には男性と結婚している人もいます。今回のアルジェリアの選手も同様の可能性がありますが、詳しい検査をしないと結論は出ません。出たとしてもこれは個人情報であり本人が公表しない限り知ることはできません。近年流行りのトランスジェンダー女性は、ホルモン治療を受けテストステロン値が低くなるので、女子スポーツに出場させるべきだという声が強い一方で、厳しい制約を課すべきだという声もあります。
ヒトの基本はメスであり、Y染色体があると男性ホルモンが機能してオスになりますが、分化の過程で様々な障害が生じることがあり、分類困難な個体が一定数現れます。男女の定義を明確にすることが難しい中で、多くの競技が男女別に行われるスポーツの世界では、平等と安全を両立することは不可能です。だからこそ、各競技団体には明確な基準を作る責任があります。男女別を廃止すると、すべての人が平等に参加でき、検査も不要になりますが、女性が排除されることが多くなり、危険性も高まります。一方、Y染色体がないことを条件とすると、生まれてからずっと女と思っていた自分が、突然男だと宣告される悲劇も起こり得ます。このような混乱の中で正解を見つけるのは容易ではありませんが、スポーツにおけると男女の定義が、一般社会におけるものとは一線を画すものだと周知した上で、Y染色体を選ぶのが現実的だと思います。