新庄徳洲会病院

menu

<

掲載日付:2025.03.05

Vol.292 医療機関の経営難から考える

 2月18日付の山形新聞に「病院事業局 赤字最大」という見出しで、4つの県立病院の今年度の経常赤字が、現体制になった08年後以降で最大の36.5億円になる見通しで、赤字額はこれまで最大だった14年度の2倍を超えると報道されていました。コロナ騒動で補助金がばら撒かれ黒字化した病院が続出しましたが、補助金がほぼ終了し、患者減少による医業収入の減少や物価高による経費の増加で、一気に経営の悪化が露呈したようです。経営の健全化の対策として「コンサルタントの活用」が挙げられていましたが、要は収入を増やすか支出を減らすかしかありません。

記事の中で目を引いたのは、年間の医業収益が338億円であるのに対して医業費用は448億円もあることです。医療費用の主なものは人件費と材料費(医薬品や医療機器など)で、過去2年間では人件費が材料費の2倍以上になっています。物価高により材料費は上昇していますが、人件費がかなり多い気がします。当院のような中規模の民間病院と比較しても意味はないかもしれませんが、当院の人件費は材料費の1.5倍程度です。

公務員と民間では同一職種での賃金格差が大きいことが知られています。実は他職種に比べて看護職では官民格差は小さいようです。厚労省の賃金構造基本統計調査では、地方公務員看護師の年収は民間に比べて約16%高いのですが、退職金の差が大きく生涯年収では20%以上の差がつきます。公的機関で人件費を削減することは、労働組合である全日本自治団体労働組合(自治労)の力もあり簡単ではなさそうです。我々民間病院は赤字を出しても税金から補填されることがないので、公務員を羨んでいる暇はなく、自力でなんとかするしかありません。物価に比例して材料費は上昇し、さらに消費税も上乗せされますが、診療報酬は国が定めているので、医療機関が値上げすることはできません。このような中で民間の医療機関が人件費を公務員並みに保ちながら黒字経営をすることは至難の業です。診療報酬を増やすためには、割のよい医療をたくさん提供することです。必要性の低い検査や薬、時には手術までが行われる背景にはこのような現実もあります。コスト意識が、公的機関は鈍く、民間は過敏と言ってもよいかもしれません。

私は、医療とは国民の幸福を最大化するものではなく、不幸を最小化するものだと考えます。誰もが安価で良質の医療を受けられる体制は誇れる制度でしたが、それは高度経済成長と若年人口が多かったから可能でした。その2つが崩壊した今、同じ制度の維持を望むことは不可能です。限られた医療資源を公平に配分するには、優先順位をつけることが避けられません。未来のある若者と先の短い超高齢者を同等に扱うことは平等ですが、公正ではありません。超高齢者への透析導入や回復の見込みのない患者への経管栄養に制限をすることを差別と言えるでしょうか。日本国民のための国民健康保険に、3ヶ月の滞在が認められた外国人が簡単に加入し、本人だけでなく家族までもが高額医療を受け、さらにその大半が公的に補助されるのは公正なことでしょうか。高額医療を受けるためだけに来日する外国人が増加しているのが現実なのです。効果が不明な治療や無駄な検査を控え、湿布や総合感冒薬や抗アレルギー薬などの市販薬を医療機関で処方することを制限しようという動きもありますが、このような取り組みには各種勢力からの強い反対があるでしょう。このような過剰な医療を止めることで不利益を被る人は少しは出ますが、最大公約数の幸福のために諦めてもらうしかないのです。私が最も軽蔑する政治家の一人である菅直人元首相は、平成22年の年頭所感で「最小不幸社会の実現」を目指すと表明しました。私は彼のこの言葉だけは、今こそ噛みしめるべきものだと思います。

掲載日付:2025.02.17

Vol.291 マスメディアについて思うこと

 フジテレビが世間を騒がせていますが、私はマスメディアに対しては批判的な立場です。個人的にもよい経験はなく、新聞や雑誌を名乗る関係者が、このコラムを読んで連絡してきたことが数回ありましたが、全員が時間と労力をかけずに自分の書いたシナリオを補強してくれる専門家を求めているとしか思えないので、有名になりたくない私は、「田舎で医療をしている専門家でもない爺よりも、もっとふさわしい人がいるでしょう。」と言ってお断りしてきました。

 マスメディアとは、新聞・テレビ・ラジオ・雑誌など、不特定多数の人々に情報を伝達する媒体のことで、マスコミとも呼ばれます。江戸時代のかわら版が明治期に新聞になり、1925年にはラジオ放送が始まり、リアルタイムに情報が伝達されるようになりました。1953年にはテレビ放送が始まり、情報に映像が加わりました。1972年に佐藤栄作首相が退任会見で、「新聞記者の諸君とは話をしない。ぼくは国民に直接話をしたいんだ。新聞になると違うんだ。偏向的な新聞が大嫌いなんだ。帰ってください。」と発言し、新聞記者も揃って会場から出ていったのを見た記憶があります。彼は直接情報を伝えるテレビを重視していました。即時性の点でも劣る新聞は、90年代後半をピークに発行部数は急激に減少し、昨年は当時の60%以下になりました。

 テレビはバブル期から絶頂を極めましたが、インターネット(以下ネット)の普及により陰りを見せています。民放テレビ局の主な収入源は広告主からの広告料ですが、NHK党党首の立花孝志氏によると、総額で2兆円ほどの広告料はネットへの移行が進み、テレビが占める割合は半分以下になったようです。実際に、地上波のフジテレビの利益は、BSフジや系列ラジオ局のニッポン放送より少ないのです。一方で、公共放送であるNHKの収入の9割以上を占める受信料も、公式発表でも5年連続で減少し、年7000億円超から1000億円以上も落ち込みそうです。

 かつてはテレビは事実を伝えてくれると信じられていましたが、立花氏は「テレビは洗脳装置」と公言しています。これは、「切り抜き」と呼ばれている操作と「報道しない自由」を組み合わせて、情報を操作して自らが伝えたいことを国民に植え付けているということです。一連のコロナ騒動のバカ騒ぎや、昨年の兵庫県知事の辞任から選挙に至る経緯などは好例です。テレビ局が公正中立でないことに多くの国民が気づいたのは良いことですが、既得権益に守られているメディアはその事実を認めず、未だに我が世の春だった時と同じ発想で同じ行動をしています。

 新聞やテレビより一段下に見られていた雑誌は、「文春砲」などと呼ばれて一部では強い影響力を持ち、不勉強な国会議員の質問のネタにされることも珍しくありませんが、発行部数の減少は新聞以上に深刻です。低予算で運営できるラジオは、地域に密着した情報を、災害で停電しても提供できる点で、存在意義は大きくなる可能性があります。映像のネットへの移行は加速します。中国にはチューナー付きのテレビがなく、番組はすべてネット配信のようです。我が国ではまだ使えませんが、グーグルでは世界数百局の番組をネットで配信するサービスを開始しています。ネットは誤情報が多いとテレビでは言われていますが、貴重な情報の絶対数はテレビよりも多いのではないでしょうか。テレビが独占的に使用している電波帯は、もっと有効な使い道を模索すべきです。このコラムは、地元紙の折込から始まり、病院のホームページでも公開したところ、コロナ騒動の影響で月間の閲覧数が3万件前後になっています。吹けば飛ぶようなミニメディアですが、マスメディアでは伝えられないものをこれ以上は有名にならないように注意しながら、地味に届けられたらよいと思います。

掲載日付:2025.01.15

Vol.290 韓国の医療情勢から学ぶことは?

 徳洲会では、毎月、全国の病院長・看護部長・事務長が集まるセミナーがあります。そこでは経営状況の分析と今後の方針について話し合われますが、変化していく医療情勢も話題になり、中でも研修病院として全国有数の組織であるため、医師対策も主要なテーマになります。近年では、海外に留学して医師免許を取得した後に日本の国家試験に合格した日本人医師以外に、日本で勤務するために来日する外国人医師も増加しているので、彼らの動向も対象になりますが、昨年11月の会議で報告された韓国の医療情勢は衝撃的でした。それは、医学部の学生1万9千人のうち97%が授業をボイコットし、卒業予定者3200人中300人しか医師国家試験を受けないというものです。日本では考えられないことです。2020年の国別医療調査では、医療水準が世界93ヵ国中2位(1位は台湾、3位は日本)という韓国で、一体何が起こっているのでしょう。

 韓国の国土面積は日本の約1/4、人口は約1/2ですが、日本以上に都市部への人口集中が進んでいるため、ソウルの人口密度は東京や横浜の3倍もあり、医療機関も圧倒的に都市部に集中しています。また、出生率は世界最低レベルで、少子高齢化の進行速度は日本以上です。医師数は日本の半分程度なので、人口あたりの医師数はほぼ同数で、両国ともに経済協力開発機構(OECD)加盟国では最低水準です。このような中で韓国政府は、2025年から医学部の定員を3058人から一気に5058人に増やすと発表しました。特に地方の医師不足を解消するため、増加する2千人のうち6割は「地方限定募集」としました。また、公立の医科大学を新設することを医師会を無視するような形で進め、さらに入試に筆記試験免除で親のコネで入れる枠があることが発覚しました。このようなことが原因で既得権益を奪われる現役医師の反発が爆発し、大規模なストライキが起こり、その影響が学生に広がり、国家試験拒否にまで至ったようです。

 以前のコラム「直美を知っていますか」で取り上げたように、韓国では美容外科が盛況で、その理由の一つに医師が都市部で重労働なしで高収入を得られるということがあると述べました。逆に、地方勤務や重労働の診療科が嫌がられ、地域や診療科によって医師が偏在するのですが、その傾向は日本よりも強いと思われます。さらに、韓国の人口当たりの看護師数は、日本の1/4程度であるため、不足する医師の労働を医師以外の職種で補うことが難しいことが想像できます。国民にとっては日本よりも厳しい医療環境にありながら、医師の職場放棄や国外流出が現実のものとなっています。国民の利益を考えると政府の進める政策が支持されるような気がしますが、医師のストライキに対し、国民の命を犠牲にするという批判よりも、政府のやり方への怒りが上回ったようです。このストライキの影響で大量の学生が、医師国家試験受験を放棄し、政府も学生に国家試験を受けるチャンスを与えませんでした。

 このような混乱の中で、日本以上にエリート意識の高い韓国人医師は、海外への脱出を考えています。現役医師のうち、2万人が米国、8千人が日本での仕事を希望しているとのことで、実際に年間40〜50人の韓国人医師が日本の医師免許を取得しています。韓国ほどの極端なことは起こりにくいでしょうが、我が国も同様の道を辿っています。医学の進歩の恩恵をこれまで通りの軽い経済負担で享受できると考える国民が多い中で、医師不足や愚かと言うしかない働き方改革で医療の供給体制が脆弱になり、経済が低迷するにも関わらず医療費は高騰しているのです。医療の質と医療へのアクセスの公平性を保ちながら、経済情勢に合わせて優先順位をつけて医療体制を維持するしかないのですが、そのためには、ある程度の不幸を受け入れる覚悟を持った国民と私利私欲に走らない政治家と官僚の割合が一定以上いることが必要条件です。


menu close

スマートフォン用メニュー