新庄徳洲会病院

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掲載日付:2026.07.23

Vol.316 医療と介護の再統合

 6月28日付の日本経済新聞は一面トップで、減少傾向が続いていた自宅で最期を迎える在宅死の割合が、2005年から増加に転じて12%から24年には16%と4ポイント増加していると報じています。顕著なのは老人ホームで、同時期に2%から12%に跳ね上がっています。逆に病院は80%から64%に低下しています。ただ、多死社会になり総死亡者が160万人を超えたため、実数は横ばいです。この流れは、衰えの目立つ高齢者を、入院医療から訪問や施設による介護へ移行させた政策に依るところが大きいと考えます。ただ記事にもある通り、在宅死の割合に地域差が大きく、24年の在宅での看取り率は、最高の神奈川が26.8%であるのに対して、最低の高知は4.9%と5倍以上の差があります。全体的に都市部が高く、地方が低い傾向が明確です。

 この事実は、高齢者を自宅で看取る体制を地方では作りにくいことを示しています。地方では患者も医療や介護の従事者も数が少なく、自宅と病院や介護施設の距離が離れているということが大きな要因というのが、地方で20年以上関わってきた私の感想です。都会では自転車で15分の圏内に訪問診療を複数集められますが、地方では1件に車で片道30分以上を要することが珍しくなく、当地のような豪雪地帯ではそれが1時間になることもあります。このような異なる環境で、同じルールを適用して、同じレベルの医療や介護を求めるのは無理です。経営面でも、都会では高齢者の数が多く、医療と介護を棲み分けても経営が成り立ちますが、地方では人口減少が進み、高齢化率は高くとも、高齢者数はすでに減少し(当地も例外ではありません)、かつて造られた民間の介護施設は、経営困難のため減少し始めています。

 2000年に制定された介護保険制度を期に、それまでも増加傾向だった老人保健施設が介護老人保健施設と名称を変えて雨後の筍のように一気に増えた記憶があります。寝たきりの高齢者をまとめて収容し、質の低い医療や介護を提供し、利益を出していたいわゆる老人病院に取って代わった印象があります。この制度改定以降、医療と介護を切り離す流れが確立したことは間違いありません。国民医療費に介護費用が含まれなくなったため、結果的には医療費も削減されましたが、現在では医療費50兆円・介護費12兆となり、合計金額は増加の一途です。今後は少なくとも地方では医療と介護を再び統合したほうが、質も向上し費用も抑制できるのでないかというのが私の考えです。そのためには、病院と様々な介護施設(介護老人保健施設や特別養護老人ホームなど)が物理的に隣接もしくは同一敷地内にあり、医者が簡単に行き来できることが望ましいと考えます。そのようにすることで、患者や医者の移動する負担は大幅に軽減し、同じ患者を継続して同じ医者が診ることも可能になります。救急搬送などの緊急事態も手間が軽減するので、患者や家族だけでなく、医療側や行政側にも大きな利益があります。

 そのためには中規模の病院と施設が統合し、ある程度の急性期医療から、リハビリを含めて慢性期の医療と介護のための設備と人員を確保しなければならないので、民間では経営面にもスタッフの確保にも多くの困難を伴い、自治体では赤字を出すことには国の支援が必要です。高齢者に対しては、無駄な検査や治療を省き、軽度の高血圧・糖尿病・脂質異常症に対しては、ドラッグストアに看護師と薬剤師を配置して医療機関の負担を軽減することも選択肢です。これには日本医師会の反発は必至で、政治家が国民に説明して官僚が実行できるかは疑問です。徳洲会のキャッチフレーズは、「いつでも、どこでも、誰もが最善の医療を」ですが、国民が公平な医療を受けるためには、「ホドホドの」医療をという方向を目指すのが現実的です。まず、高度成長の恩恵を受けた我々高齢者が、医療への幻想を捨てなければなりません。

掲載日付:2026.07.04

Vol.315 痰の吸引も有害無益なことがある

 「死ぬのは苦しい」という考えには、私は懐疑的です。千人以上の死を看て感じるのは、意識レベルが低下してから死ぬまでの時間は眠っている状態で、普段の眠りが朝には覚めるのと異なり、覚めることがない眠りが死だということです。とすると、意識が完全になくなるまでの間に苦痛がどれくらいあるかが問題になり、その時間が短ければ苦痛は少ないと言えます。対光反射や心電図を確認することのなかった時代は、まさに「息をしている」ことが「生きている」ことでした。ということは、現代では生きている人が死んでいると判断されていたのです。そのため生き返る人もいましたが、そのまま死ぬ人は苦しまずに済みました。

 若者の救命可能な急性疾患や外傷に対しては、あらゆる救命処置を行うのは当然ですが、実はこのようなときには患者自身の脳の機能は低下し、苦痛を感じていないのではないかと私は感じています。それは、救命できてからこのような患者と話をすると、例外なくその時のことを憶えていないからです。忘れているだけかもしれませんが、ずっと思い出せないのであれば何もなかったと同じことではないでしょうか。一方、衰弱して回復が難しい状態になった高齢者は、どのような病気でも、苦痛を最小限にすることを優先し、その上でどのように治療を進めるかを考えるべきです。医学の進歩により死ぬ瞬間を先送りすることで、苦痛を長引かせてしまうことが増えたことも事実です。この時間をいたずらに延ばさず、十分に苦痛を取ることを優先し、かつ苦痛を伴う医療行為を最小限にすれば穏やかな死を迎えることは可能になります。

 私の父はパーキンソン病と認知症が進行し、寝たきりになりましたが、経管栄養はもちろん1本の点滴もしませんでした。それは父の希望ではありませんでしたが、豊かでない生活の中で私を医者にしてくれた父に対して最良のことと私が判断したからです。無駄な栄養補給・過剰な点滴・無意味な酸素吸入と同時に痰の吸引も慎重に行うべきです。肺炎に限らず寝たきりになった高齢者は痰が多くなることがよくあります。それに対しては、細いカテーテルを口や鼻から挿入して吸引するのですが、父に対しては看護師さんに鼻から気管にまで入れてしっかり吸引することは止めてくださいとお願いしていました。それは意識レベルが低下しても、痛みを感じ、むせることがよくあるからです。痰をつまらせて窒息してもよいのかと言われそうですが、気管より細いレベルの気管支が閉塞することはありますが、気管が詰まることは非常に稀です。気管支が詰まるのであれば、血液中の酸素は不足し、二酸化炭素は多くなるので、呼吸状態は悪くなりますが、脳が麻酔にかかった状態になるので、苦痛は感じにくいはずです。むしろこのような状態で酸素吸入を行うほうが、意識レベルがよくなって苦しくなることさえあります。苦痛を与えてまで、痰を一所懸命に取るのは有害無益なこともあるのです。痰が多いときには、口から喉の少し奥までカテーテルを入れて吸引して、痰が溢れ出ないようにすれば十分です。

 痰がゴロゴロしているだけで、痰を取ってくださいという患者さんの家族がいますが、それは、飲み込めない唾液や分泌された粘液が気管や気管支の表面にあるだけで呼吸への害は多くありません。唾液や粘液を減らすためには、吸引するよりも、余分な水分を経管栄養や点滴から入れるのをやめるほうが有効です。私が終末期の患者さんのご家族に、「植物は最後には枯れていきますよね。人間もそのほうが穏やかな最期を迎えられると思いますよ。」という話をよくします。このように無駄な医療をやめることは、技術的には簡単で、苦痛の軽減にもなり、無駄な医療費も軽減できますが、「医療行為は善であり、最期まで続ける」という時代に生きてきた医療従事者と医療を受ける人の考え方を変えなければならないことが最大の問題です。

掲載日付:2026.06.13

Vol.314 一気に社会復帰

 周囲の反対を押し切り5月10日に退院しました。主治医であるH先生はもう1週間くらい入院していたらと、妻は1か月くらいは仕事を休んだらと言いましたが、退院翌日の11日からは外来・病棟・手術助手としてほぼ元の生活に戻りました。自分では連休明けの7日からと考えていたので、少し遅いくらいでしたが、連日の理学療法と嚥下訓練に加えて、朝夕の散歩や体操などの自主トレがあり、以前よりもハードな毎日となりました。

 徐々に身体機能は回復してきましたが、病前と比べてしまうので楽観できません。相変わらず水はむせやすく、また、一度にたくさん口に入れてろくに噛まずに呑み込む早食いの習慣が染み付いているので、少なめに口に含み一口30回の咀嚼を目標にして、ゆっくり食べるように口に入れるたびに箸を置くようにも気をつけていますが、思うようには行きません。嚥下がうまくできないせいで喉の奥に唾液が溜まりやすいせいか、咳や咳払いをすることが多く、声帯も荒れ気味で声がかすれたり、くしゃみや咳が間延びして困ります。空気が一緒に食道に入るので、呑み込むたびにカエルが鳴くようで、当初はトノサマガエルでしたが、現在はアマガエル程度になっています。今後は、食道の入口を風船付きのカテーテルで広げる治療も検討されています。

 感覚障害については新たな発見がありました。私の梗塞は延髄の右外側に起こっているので、顔面は右に、それ以下は左に、熱い冷たいと痛みがわからないのが普通です。最初はそんな気がしていましたが、新庄に戻り入浴して、湯をかけると頭と顔の感覚障害が左にあることがはっきりしてきました。調べてみると、延髄外側症候群では、典型的な感覚障害が起こるのは半分以下で、微妙にいくつかのパターンに分かれるようです。もう一つ、発症日の朝に眼の奥に感じた鈍痛は、今も続いていますが、眼窩痛と呼ばれるものの可能性があるということもわかりました。手足の異常感覚はむしろ悪化し、熱い冷たいはわからないのに左手はいつも冷たく感じて、足はしびれが切れた状態が続いています。感覚障害のためにヤケドとケガには注意が必要です。

 社会復帰をして感じたことは、まず体力の衰えです。体重は6Kg減少しましたが、それ以上に疲れやすくなりました。散歩するのは辛くないのですが、その後に疲労感が押し寄せてきます。仕事で歩いていると身体がフワフワするのに、足取りは重くなりがちです。体力とは関係ないですが、キーボード操作が下手になり、ミスタイプが多くなり、文章を書くのに時間もかかるようになりました。なぜかパソコンやタブレットの指紋認証もできないことが増えました。短期記憶は非常に怪しくなり、「今何をしようと思っていたのか」という現象が数秒で起こることが珍しくなくなりました。逆に良くなったのは、生活習慣が健全になったことです。嚥下することに問題が生じたことで、食べるものに制限ができ、特に菓子類に手を出すことが減りました。アルコールはもともと付き合い程度でしたが、発病後1か月を経過しても全く手を出していません。朝夕の散歩の影響もあり、眠りが深くなり、嫌な夢を見ずに6時間程度は眠れるようになり、夜間頻尿に悩まされることも減りました。動画や本で調べていろいろな運動を試していますが、これは良さそうと始めた体操のおかげか、肩こりは半分以下になり、腰痛も2割ほど減ったようです。災い転じて福となればよいですが、いくつかの後遺症は生涯続き、完全になくなることはないでしょう。私の一番身近にある自然は、自分の肉体なので、現状を受け入れて、肉体に命令するのではなく、身体の声を聞けるようになりたいです。そのためには、高校時代に恩師のN先生から言われた「もっと力を抜きなさい」を今度こそ実践できればいいですね。過去に起こった事実を変えることはできませんが、それをこれからに活かすことはできると信じています。


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