新庄徳洲会病院

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掲載日付:2020.08.28

Vol.197 主人公が頸髄損傷の映画2本

 前回は筋萎縮性側索硬化症(ALS)のお話をしましたが、今回はそれと似た病態の頸髄損傷に触れてみます。外傷などで脊髄が損傷されるとそれ以下の神経が支配する身体機能が失われてしまいます。どのレベルでどの程度損傷されるかによって症状は大きく異なります。外傷が原因であることが多いので若年者に多く、障害部位は頸髄が最多です。頸髄上部が損傷されると、呼吸ができなくなり、ALSと同じように気管切開や人工呼吸器装着が必要になることもあります。ALSで障害されるのは運動機能だけですが、頸髄損傷では感覚や自律神経も障害されます。自律神経が侵されると、発汗による体温調節が困難になったり、排便障害も起こりやすくなります。生殖機能は保たれることがあり、男女ともに子を残している人がいます。寝たきりになることが多く、肺炎などの感染症になりやすく、長く生きるには困難がつきまとい、なおかつ意識がはっきりしている点もALSと似ています。死因は肺炎が最多で、その他の感染症や悪性腫瘍が続きますが、男性患者の自殺率は一般人の10倍以上という報告もあり、安楽死を求める人もいます。

 頸髄損傷とその介護者を描いた映画を2つ紹介します。一つは実話に基づいたフランス映画「最強のふたり」、もう一つは邦題「きみと選んだ明日」という英国の小説を映画化した「世界一キライなあなたに」です。どちらも事故で首から下が完全に麻痺したお金持ちと貧しい境遇にある若い介護者の物語です。スラム街に住む青年が失業保険目当てに介護士の面接を受けに来るところから「最強のふたり」は始まります。本音をズケズケ言い、介護には全くの素人である青年に興味を持った主人公は、彼を雇うことになりそこから笑いと涙の物語が進みます。「世界一キライなあなたに」でも、家族を養っていた若い女性が失業したために、どんな仕事でもいいからと給料のよい介護職に応募して採用されますが、頸髄損傷の青年は人生に絶望し、両親にあと6ヶ月だけ生きて、その後はスイスで安楽死をすると宣言しています。考えが変わることに望みをつなぐ両親に採用されて舞い込んだ天真爛漫な女性と青年の恋の物語です。

 2つの作品に共通するのは、介護する者とされる者がどちらも変わっていくことです。二人の障害者は生きる希望を見つけ、介護を通して介護者の人生も大きく変わっていきます。それぞれの道を選択する姿には単なる友情物語やラブストーリー以上のものを感じました。4人の俳優の演技も素晴らしく、音楽もとてもマッチしています。「最強のふたり」で主人公の誕生パーティーのクラシックコンサートの後に、介護者の青年がアース・ウィンド・アンド・ファイアーの「ブギー・ワンダーランド」に合わせて踊りはじめ、その場で皆が踊る場面は大好きです。「世界一キライなあなたに」の結末は書きませんが、主人公の選択は尊重されるべきかなと思います。この作品で、介護士を演じたエミリア・クラークは、どうしたらあれほど眉毛が動くのかというほどの豊かな表情でとても愛らしいのですが、実は彼女はこの映画を撮影する数年前に2度も脳動脈瘤の手術を受け、1回目はクモ膜下出血を起こして緊急手術を受けています。術後は自分の名前さえ言えない状態が続きましたが、懸命のリハビリで回復しました。映画での演技では全く想像できませんが、困難を乗り越えてこの役を演じたことは心にしみます。

 知能や精神が保たれながら、身体の自由が失われるということがどういうことで、そうなった時に人はどのように考えどのように行動するのかを知り、自分がその立場になったらどうするかを考えるにはよい材料だと思います。安楽死の是非は簡単に結論できるものではなく、これが最良という答えはないように思います。正解を求めずに自ら考える姿勢が大事なのではないでしょうか。どちらもお勧めの秀作です。

掲載日付:2020.08.14

Vol.196 ALSと安楽死の関係

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の50代女性が安楽死を求め、二人の医師が実行し自殺幇助罪で逮捕されました。詳細不明のため事件についてはコメントは控えます。ALSは脊髄の運動神経が通っている側索という部分が障害され、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく原因不明の病気です。中高年で発症することが多く、男性優位で、遺伝することはありません。日本では難病に指定され、1万人弱の患者がおり増加傾向です。

 車椅子の天才物理学者と呼ばれたホーキング博士は、20代前半でALSを発病し、余命数年と言われたにもかかわらず、その後50年以上生きてブラックホールの研究などで名を馳せました。その間二度の結婚と離婚を経験し、3人の子供がいることからわかるように、ALSは運動機能は障害されますが、感覚や知能や生殖能力は維持されます。食事が摂れなくなれば経管栄養、呼吸ができなくなれば気管切開や人工呼吸器装着により、知的な仕事をすることは可能ですが、感覚や知能が保たれるゆえに大きな苦痛を味わうことにもなります。進行すると自ら命を断つこともできません。数年前に公開された映画「博士と彼女のセオリー」は、ホーキング博士の半生を描いたもので、主演のエディ・レッドメインの圧巻の演技はアカデミー賞も受賞しました。一見の価値ありです。

 私も数人のALS患者の主治医となり、亡くなった方も現在診ている方もおり、今回安楽死を依頼した女性の苦悩は想像できます。気持ちを伝える手段は、技術革新で以前に比べて格段に改善しましたが、それでもかなりの労力を要します。進行すると寝返りもうてず、介護者に委ねるしかありませんが、詳細な希望を伝えられないストレスは絶えずつきまといます。排泄も介護者任せです。そのような状況でも、希望を見出し生きている人たちはたくさんいる一方で、絶望する人もいます。障害者が希望を持てる社会が望ましいと思いますが、苦痛から開放される手段が「死」しかないということもありえます。欧米ではこのような状況では、患者の死ぬ権利を認めるべきだという考え方が広がり、スイスやオランダなどでは薬物による積極的な安楽死を医師が自ら行ったり、薬物を患者が注射するのを手助けする自殺幇助が認められ、我が国からの希望者も増えています。

 気管切開も人工呼吸器装着もしないと明言していたALSの患者さんを担当した時のことです。いよいよ気管切開をしないと命を維持できなくなったときに、「このままでは死にますが」と最終確認したことがあります。彼はうなずき、「先生、ありがとう」と言って意識がなくなりまもなく永眠されました。35年を越える医師生活で、死の直前に患者さんから直接感謝されたことはこのときだけです。その時私は、自分のやったことの是非がわからず、複雑な気持ちで、後味の良いものではありませんでした。自分自身がALSになっても、何を望むか何を望まないかは全くわかりません。末期癌であれば苦痛を最小限にします。脳梗塞や認知症では食べられなくなったら、あとは末期癌と同じでよいと思います。ところが、意識がはっきりしているALSでは想像を超えた苦痛と戦わなければならないのです。自分自身で希望を見出したり、愛する人のために生きる道を選択できる人もいるでしょう。逆に底なしの絶望に襲われたり、愛する人をこれ以上苦しめたくないから死を選ぶ人もいるでしょう。本当に人それぞれで、状況が変われば同じ人でも正反対の結論を出すこともあるでしょう。これはきっと答えのない問題なのです。大事なことは答えを求めることではなく、問うことだと思います。正解のない問題を考え続けることです。人の命は地球より重いという生命至上主義も、認知症になったら安楽死という考えにも私は与しません。両極論の間で揺れ動きながら悩み迷い続けることが誠実であるような気がします。

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