新庄徳洲会病院

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掲載日付:2020.07.01

Vol.191 ワクチンの問題は治療薬よりも複雑かも

 ワクチンの歴史は、1000年前の中国での天然痘対策にさかのぼります。当時は30%以上の高い死亡率で、感染者のかさぶたをすりつぶし、感染していない人の鼻に注入することで予防に成功しましたが、30人に1人は実際に感染して死亡してしまいました。種痘法を確立したのはエドワード・ジェンナーで、牛の乳搾りをする女性が発病しないのは、天然痘に近い牛痘のウイルスに感染しているためと考え、牛痘の膿を子供につけることで予防できることを1796年に証明しました。1980年に根絶宣言がされましたが、それ以外のワクチンでは根絶に成功していません。

 新型コロナウイルスワクチンは、開発中のものが全世界で100種類以上、臨床試験が始まったものが10種類以上あります。ワクチン開発には、効果の判定と副作用の評価のため数年かかりますが、実用化までの期間を大幅に短縮しようとしています。最も熱心なのは、中国で15兆円規模の予算をつぎ込み、まさに国家プロジェクトとして進められています。米国はその1/10、我が国は更にその1/10で、EUにも遅れを取っています。ワクチンには以下のようなものがあります。

 ①毒性をなくしたウイルスから作る「不活化ワクチン」で、インフルエンザワクチンでお馴染みです。鶏卵を用いて作りますが、一人分のワクチンを作るのに鶏卵1個くらいが必要なので、毎年大量の鶏卵が使用されています。問診票に「卵アレルギーがないか」という解答欄があるのはそのためです。新型コロナの不活化ワクチンは、来年には臨床試験が始まる予定です。
 ②一般にコロナウイルスは免疫記憶が弱く、実際に感染しても抗体が長続きしないので、別のウイルスを用いて抗体が長期間維持できることを目指したものが「ウイルスベクターワクチン」と呼ばれるものです。英国のオックスフォード大学で、アデノウイルスを用いたワクチンが、多人数での臨床試験の最終段階に入る予定で、最も実用化に近いと考えられています。
 ③ウイルスは表面にあるタンパク質(S-プロテイン)が人の細胞に結合して、遺伝子を細胞内に送り込みます。このS-プロテインの成分を体内に注入すると、ヒトがその抗体を作り、ウイルスが侵入してきても、S-プロテインが抗体と結合するので、遺伝子を細胞内に入れることができません。これは子宮頸癌ワクチンで用いられる手法で、「成分ワクチン」などと呼ばれ、国内でも開発が進んでおり、年内に臨床試験が始まる予定です。
 ④S-プロテインそのものではなく、それを作る遺伝子を注入して、ヒトの体内で作ったS-プロテインの抗体を作るのが、「m-RNAワクチン」や「DNAワクチン」と呼ばれるものです。短時間で製造できるのが大きな特徴で、我が国を始め様々な国で開発が進んでいます。

 ワクチンには問題が山積みです。「今年7月に治験を開始、9月には実用化、年内に10〜20万人に打つ」という大阪府知事の発言は行政の介入であり不適切です。ワクチンは巨大な利益を生みだすため、企業だけでなく、国家間の争いも起こります。中国が成功すると、国際社会での発言力は一層強くなり、WHO改革は頓挫するかもしれません。米国大統領は誇らしく政治利用するでしょう。開発国は自国第一主義に陥り、製薬会社は利益を優先するために他国からの先物買いも横行するでしょう。マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏は、ワクチン開発に巨額の資金を提供しています。企業経営を離れて社会活動家になった彼が、巨額の利益を得るかもしれないのは皮肉なことです。貧しい国は、手に入れることが困難なだけでなく、使用する体制も整備できていません。SARSワクチンが実用化されていない状況からも、劇的効果のあるワクチンが作られる可能性は非常に少ないと思いますが、もしそのようなものが開発されても、ワクチンの争奪戦の傷跡だけが残り、パンデミックは終わっていないような気がします。

掲載日付:2020.07.10

Vol.192 感染者連日100人超の意味すること

 「東京の感染者数連日100人超」という見出しが新聞やテレビニュースで踊っています。「感染の第2波の入口にあり要注意」と発言している専門家や緊急事態宣言をもう一度という声も少なくないようです。この数字はPCR検査陽性者数というのが正しく、感染者という表現は厳密には不適切です。感染は病原微生物が体内に入り増殖する現象で、実は感染者の正確な数字は調べる方法がありません。PCR陽性とは、鼻腔や唾液にウイルスの遺伝子があるということで、感染とは別の現象です。また、感染しても無症状のこと(不顕性感染)もあり、「感染者=患者」とも言えません。言葉の定義はややこしいです。

 東京都内の1週間平均の陽性者数は4月中旬には150人を超えていましたが、その後減少を続け、5月下旬には10人以下になり、その後再びゆっくり増加し、7月上旬で100人を超えました。確かに増加していますが、検査を受けた人数を調べると、最も陽性数が多かった時期は1日300人台でしたが、5月の連休明けから急増し1500〜2000人になりました。前半は、検査のハードルが高く、医師が必要としても受けられなかった人が多かったのに対して、後半では検査体制が整い、検査数が増えました。自粛解除により感染機会が増え陽性者数が再上昇したことは間違いありませんが、検査数が増えたことも少なからず影響しています。陽性者の年齢分布を見ると、40歳未満が前半は40%弱であるのに対して、後半は70%を超えています。「キャバクラ・ホストクラブ」などの風俗業界の従業員が積極的に調べられていることが検査数増加の主因ではないでしょうか。当然、後半の陽性者の割合は前半に比べてかなり低下しています。

 一方、この間の重症者数や死亡者数はどうなっているでしょうか。全国の重症者数は大型連休中の300人をピークに減少を続け、6月末には40人を切っています。6月の死亡者数は全国で約80人、東京では20人で、東京では6月25日以降は死亡者はいません。医療機関がパンク状態というニュースも聞きません。以上のデータからは、深刻な事態が差し迫っているとは言えないと思います。政府も今のところ緊急事態宣言は不要との考え方で、私も賛成です。

 初期には屋形船やライブハウスが感染の場と言われ休業に追い込まれましたが、密集して食事をしたり大声を出せばどんなところでも感染のリスクは高くなります。その後は、休業要請に応じないパチンコ店がやり玉に上げられ、知事が店名を公表する自治体もありました。パチンコ産業はギャンブル依存症を生み出す最大の場であり、同時に一部の公務員の天下り先でもあり、大きな問題を抱えていますが、新型コロナの標的としてやり玉に挙げるのはただの弱い者いじめです。パチンコをする人は台に向き合い会話もしません。パチンコ店が感染の場になったという証拠すらなかったはずです。国家の非常時にパチンコをするとは何事だという戦争中と変わらぬ国民感情とそれに便乗した政治家の浅ましい考えのほうがよほど問題だと思います。

 以前は夜の接客業と呼ばれていましたが、最近では露骨に名指しされているキャバクラとホストクラブについても同じではないでしょうか。確かに感染しやすい場ですが、重症者が出ていないのであれば、多少感染が広がっても大騒ぎする必要はないと思います。以前も書きましたが、冬までは若者の感染はゆっくりと広がったほうがよいと思います。感染したくない人は行かなければよいし、感染よりも優先順位が高い人は気をつけて行くしかありません。ドイツの警戒基準を東京に当てはめると、1日1000人になります。これが適切かどうかはわかりませんが、少なくとも今の東京の陽性者数だけで大騒ぎする必要はないと思います。

掲載日付:2020.07.17

Vol.193 マスクの地位は向上したけれど

 一時は在庫が底をつきそうだった医療用マスクも、値段は以前の数倍になったものの、ようやく一息つける状態になりました。春先までは自宅近くのドラッグストアには、マスクを買うために早朝から長蛇の列もできていました。中国に依存しすぎて、国内の生産能力がなかったことが大きな要因ですが、今回のコロナ騒ぎで世界的にマスクの評価が180度とは言いませんが、160度くらい変わり、需要が急増したことも関係しているようです。マスクには、咳やくしゃみによる飛沫を防ぎ、乾燥した冬には保湿効果もあり、自分の鼻や口に触れないので接触感染を抑える働きもありますが、一般社会ではアジア人特有の習慣で、欧米では奇異に見られていました。実際、N95という特殊な医療用マスク以外は、ウイルス感染を防ぐ効果はないというのが医療界の常識でしたが、最近では、通常の不織布製の医療用マスクにも新型コロナの感染予防効果があると世界保健機関(WHO)も認めるようになりました。

 これは香港大学の実験結果の影響が強いようです。新型コロナウイルスに感染させたハムスターを入れたケージを、健康なハムスターのケージの隣に設置し、感染したハムスターの側から健康な側に風を送ったところ、1週間以内に15匹中10匹(66.7%)がウイルスに感染しました。ところが、感染した側のケージに医療用マスクで作った障壁を取り付けると感染率は16.7%に、健康な側に付けても33.3%に低下しました。つまり患者がマスクをする効果は大きい(1/4に減少)だけでなく、健康人もマスクをすると感染しにくい(1/2に減少)ということになりました。さらに、マスクありの状態で感染したハムスターは、マスクなしに比べ体内のウイルス量が少なく、感染しても重症化や死亡リスクは低くなる可能性もあると結論しています。

 これまで非感染者がマスクをすることで、カゼやインフルエンザが予防できるという研究報告はなく、マスクは感染者がつけることで、周囲への広がりを多少防ぐことができる程度と考えられていましたが、今回の実験でそれがひっくり返りました。今では多くの国で、感染者のいない状況でもマスクの使用が推奨されるという手のひら返しのような方針転換が起こったのです。その結果、各国でマスクの需要が急増し、品不足と価格高騰が深刻化しました。

 我が国でも、マスクをすればソーシャルディスタンスは不要と言うウイルス学者もいますが、私は今でもマスクの効果は限定的だと思っています。それは適切なマスクを適切なタイミングで適切につけることが容易ではないからです。まず、布マスクでは今回の実験のような効果は証明されておらず、目の粗さを考えると到底期待できないでしょう。次に、消費量増加による品不足と価格上昇によって、再使用という不適切な使用法が増えることが予想されます。実際、不足したときは私も節約のため台所洗剤で洗って再利用していました(看護職員は患者との距離が近くなることが医者よりも圧倒的に多いので、今までどおり適切な使用を指示していましたが…)。更に、使用方法も問題です。不織布製のマスクで鼻から顎までを隙間なく覆い続けることはそんなに簡単ではありません。顎マスクは論外で、鼻の穴が出るのもNGですが、特に鼻と頬の隙間をなくすことは難しいと思います。実際に安倍首相を見ても、マスクは布製で小さすぎます。高温多湿の季節には、マスクをすると息苦しくなり、熱中症の危険も増すのでなおのことです。人混みや不特定多数の人と会話する時など、適切につけないといけない状況を判断して実行することが重要ですが、その都度新たに使い捨てのマスクをつけることは簡単ではありません。私のようないい加減な人や手技に自信がない人は、そういう環境を避けるほうが賢明かもしれません。


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