新庄徳洲会病院

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掲載日付:2020.01.04

Vol.175 沢尻さんを批判するよりも大事なこと

 有名芸能人が違法薬物を使用して逮捕されると、ワイドショーや週刊誌は大喜びで特集を組み、集中砲火を浴びせて、さながらリンチの様相を呈し、厳罰を望む声が多く聞かれます。彼らは、薬物依存症という病気であり、彼らに必要なのは懲役ではなく治療です。刑務所に入ると薬物は使用できなくなるので、いったんはよくなりますが、出所後には逆戻りすることが多いのです。大事なことは、薬物との縁を切るために、専門的な治療を受けることです。厳罰が必要なのは、違法薬物を売りさばいて金儲けをしている輩です。

 大河ドラマの女優さんが逮捕されたと言って、その存在を消すために、わざわざ代役で撮影をし直すというNHKの方針は、一部のクレーマーをかわす小賢しい態度に見えます。芸能人やスポーツ選手はその分野の能力で評価されるもので、その主義主張や人間性は二の次であり、まして病気だからという理由で排除されるのは如何なものでしょう。コマーシャルに出演している人が逮捕されて、企業のイメージを損ねたときには賠償はする必要があり、現在進行中のドラマの降板も止む得ないとしても、スポンサーのないNHKが受信料収入と時間を費やしてまで撮影し直す必要があるのでしょうか。ドラマの再放送や映画の上映が中止されるのも理解できません。そもそも依存症は誰もが陥る可能性があるのです。若くしてスポットライトを浴びたかと思えば、些細なことでバッシングを受ける、そんな浮き沈みの激しい毎日を、健全な精神を保ちながら生きられることのほうが特殊だと思います。

 厚生労働省の定義では、依存症とは特定の何かに心を奪われ「やめたくても、やめられない」状態になることで、薬物やアルコールなどの「物質への依存」と、ギャンブルなどの「プロセスへの依存」があります。前者は、物質の摂取を繰り返すことにより、以前と同じ量や回数では満足できなくなります。後者は特定の行為に必要以上にのめり込んでしまいます。依存症は身体や精神を損なうだけでなく、金銭トラブルや人間関係の破壊を招くことが少なくありません。

 厚生労働省の厚生労働科学研究費補助金による「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」という研究報告書の2018年版によると、薬物を乱用して急性中毒や依存・精神障害などの治療を受けた患者は、2ヶ月間で2609人に上ります。単純計算すると年間15000人以上になります。原因薬物の半数以上が覚せい剤ですが、医療機関で処方される睡眠薬・抗不安薬とドラッグストアで市販されている風邪薬や鎮痛剤を合わせると全体の1/4を占めます。これらの薬物は違法ではなく、身近な合法的な薬物依存がかなりあるということです。

 医療費を抑制するために、軽症のときは医療機関を受診せず市販薬を使用するように推奨した結果、ドラッグストアは増加し、インターネットでも簡単に手に入るようになりました。大量の風邪薬を購入して、過剰に服用することは容易なため、10代の依存症患者の原因薬物は、市販薬が他を圧倒して4割を占めています。覚醒剤は幻覚や妄想が多いのに対して、「やめられない・止まらない」状態になりやすいのも市販薬の特徴です。ある専門家は、10代の市販薬乱用・依存患者は、辛いときに周囲の人に相談できず、薬で困難を乗り切ろうとする人たち、言い換えれば、安心して人には依存できず薬にしか依存できない人たちと表現しています。逆に言うと、人に依存できる環境づくりが、治療には不可欠であるということです。

 もう一つの合法的な薬物依存である睡眠薬・抗不安薬については次回に触れてみます。

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