新庄徳洲会病院

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掲載日付:2017.06.15

Vol.144 第二の成人を迎える覚悟

 少子高齢化がこれからのキーワードあることに異論はありませんが、問題は、それが未だ誰も経験したことのない速さで進んでいることです。古今東西、誰も経験したことのない状況に向き合っていく日本の姿は、世界からも注目され、成功すればモデルになり、失敗すれば反面教師になることでしょう。

 未来医療研究機構の長谷川敏彦氏は、我が国の人口構成を50歳で分けて、50歳未満が80%で50歳以上が20%だった明治維新から1970年までを19世紀型と呼んでいます。第2次大戦後に乳幼児死亡率が低下し、第一次ベビーブームの子供は大多数が成人に達し、団塊の世代を形成しました。その後、高齢者の生存期間が伸び、今では50歳未満と50歳以上が同数になりました。長谷川氏は、今後はこの勢いも鈍化し、2050年には50歳未満が40%で50歳以上が60%の21世紀型になり、その後は定常状態になると予想しています。正確な資料はないものの、江戸時代以前も19世紀型であったということは、千年以上続いたものが数十年で大転換している時代を私たちは生きていることになります。

 来年は還暦の私も、これからどう生きるかを考えなければなりません。成人して就職し、結婚して子育てが終わったからといって、定年退職後はのんびり年金生活ができる時代は終わったと考えたほうがよいでしょう。日本では普通に受け入れられている定年制は、年齢差別で憲法違反ではないかという気もします。実際、英国・米国・カナダ・豪州・ニュージーランドには定年はありません。50歳未満の人口が減るということは労働人口が減るいうことです。昔と比べると高齢者の肉体年齢は随分若くなりました。高齢者自身が何らかの形で社会に関わっていかなければならないことは自明の理です。

 単に定年年齢を引き上げるだけでは、高齢者がいつまでも居座って社会は沈滞します。老害と呼ばれないためにも、次の世代に譲るべきところは譲り、自らは新たなものに挑戦する覚悟を持つことが必要です。幸い、高齢になると収入を最優先事項と考えなくても済むことが多くなります。孫の面倒を見るもよし、高齢者の介護を手伝うもよし、地域活動をするもよしです。どこにでも自分が果たすべき役割を見つけられれば、人生は有意義なものになります。宮沢賢治ではありませんが、そういうジジイになりたいものです。そんな心がけで、食べるものに気をつけ、身体を動かすことを厭わず、人との交わりを大事にして生きていけたらいいのですが、私には苦手なことばかりです。50歳を第二の成人と考える時代なのかもしれませんね。

院長 笹壁弘嗣
新庄朝日第815号 平成29年6月15日(木) 掲載

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