新庄徳洲会病院

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掲載日付:2017.05.08

Vol.142 過疎化と高齢化と介護施設の乱立 ジリ貧のなかで私にできることは?

敗戦処理投手の誇りをもって地域医療を

 臨床医でもある里見清一氏の好著『衆愚の病理』に、メジャーリーグでも活躍した小宮山悟投手のエピソードが紹介されています。古巣のロッテに戻り自ら敗戦処理投手(大量リードされている状況で登板する投手)を買って出て優勝にも貢献した彼は、契約更改の際に「敗戦処理は評価が低いのはおかしい」と訴えました。敗戦処理はエースの仕事だということです。
 日本の医療では死を敗北と捉えることが普通ですが、私は与しません。里見氏も指摘しているように、人が必ず死ぬということは、医療の多くは敗戦処理とも言えます。必要不可欠だが不人気な仕事こそ自ら進んでやってみようと私は考えます。
 敗戦処理投手の出番は、都市よりも地方、急性期病院より慢性期病院で多くなります。私は13年前に当院に赴任するまでの20年間は急性期病院で働いたので、死亡診断書に「老衰」と書いたことはありません。今は高齢者が死を迎えることにかなりの時間を割いているので、小宮山投手の言葉の重みがわかるようになったのかもしれません。
 徳洲会グループでも一二を争う医師不足の当院では、事務職員の懸命な努力で法定医師数の70%を何とか維持しています。高齢者の様々な問題に迅速かつ適切に対応することは、我々の最重要課題です。高齢者医療に必要なのは、高度な専門知識や最新の技術より人間らしい思いやりです。幸い当院には心優しい職員がたくさんいます。医師不足を嘆くよりも、現在いる職員が最大の力を発揮できるようにすることが私の使命です。

医療を担う中心選手は、遠からず看護師になる

 人口減少と高齢化と医療費抑制に直面する日本社会で、今後飛躍的に需要が増えるのは、高齢者をうまく死なせる医療です。そこで最も活躍するのは、医者ではなく看護師です。看護師が持っている患者や家族への優しさに、医者は全く敵いません。排泄の援助や後始末、入浴や清拭、食事介助などは生きる上で最も重要なことですが、これを看護師や看護助手ほど適切にできる人種はいません。
 医者に看護業務をさせるには、多くの手間がかかりますが、実用性は低くコストも割に合いません。一方で看護師が医師業務の一部を行うことはすぐにでも可能で、医師不足の解消や医療費の抑制にもつながります。我が国でも特定行為看護師という資格を設け、昨年10月から研修制度が始まりました。厚生労働省は2025年までに10万人の養成を目指しています。
 当院の八鍬恵美主任は、日本看護協会認定の皮膚・排泄ケア看護師で、人工肛門のケアや褥瘡の予防・治療に大活躍していますが、褥瘡ケアに関して彼女以上の仕事ができる医者は私を含めて当地にはいません。膿瘍の切開・壊死組織の切除・止血・縫合などは今の彼女にできませんが、私が指導すれば数年間でできるようになるでしょう。看護師に限らず、彼女のようにひとつ上のクラスの仕事ができる職員を養成し活躍する場を提供することなら、無能な私にもできるような気がします。

看護師の活躍を阻むものは?、内なる意外な弱点

 真っ先に思い浮かぶのは、医者の既得権ですが、世論は看護師に味方するでしょう。問題は、売り手市場で学生時代から甘やかされた若者が現場を軽視する看護師になっていくことと、業界の古い体質ではないでしょうか。私の偏見であってほしいのですが、看護師の世界は医者の世界より権威主義で、恐ろしく効率の悪いところがあります。
 明治の文豪、森鴎外の上司である石黒忠悳(いしぐろただのり)・初代陸軍軍医総監は、「人はよほど注意せねば地位が上がるにつれ才能が減じるものだ」と述べています。私程度の権力でも当てはまると、肝に銘じている言葉です。
 夜勤帯の病棟でのオムツ交換が大変だと聞いていたので、週に一度の当直で手伝いを始めて数カ月になります。残念ながら戦力的には足手まといの域を出ませんが、排泄物処理を行う仕事が最も尊い仕事の一つであることを身をもって知り、縁の下で医療を支えている人がいることを再認識することができました。腰痛は辛いですが、これからも続けていこうと思います。
 巨大な徳洲会に様々な権力があるのは当然ですが、上に立つ者ほど、現場の苦労を忘れず、時には泥にまみれることも必要です。傲慢にならず謙虚な気持ちで、そして誇りを失わないように、皆で頑張りましょう。

※ 小宮山投手の勇姿は、You tubeで「ロッテ小宮山悟の魔球「シェイク」で連続三振」で観ることができます。

院長 笹壁弘嗣
徳洲新聞 平成29年5月8日号 直言

掲載日付:2017.05.15

Vol.143 薬学部が6年制になって何が変わったか

 薬学部は平成18年度に4年制から6年制に変更されました。時期を合わせるように、平成15年以降に薬科大学の新設や薬学部の定員の増加が始まり、薬科大学と薬学部の数は平成14年の46から現在では70を超え、定員は8000人台から13000人台に急増しました。履修期間が1.5倍になったので大学にとっては、学費の収入は増えますが、医学部に比べると設備投資ははるかに少なくて済みます。新卒薬剤師の有効求人倍率が10倍を超えるため学生も集めやすく、私立大学の薬学部が新設や増員されたのは当然かもしれません。

 今年の薬剤師の国家試験の合格率は約70%で、90%近い医師や看護師と比べると、かなり低いと言えます。新制度の卒業生が出てからの合格率は、60.88%と変動が大きいのが特徴で、受験者数の増加による質の変化(劣化?)が関係していると思います。現在の薬剤師数は約29万人で、過去20年間に11万人増加していますが、このほとんどが薬局に勤務しており、医療機関の勤務者は1万人も増えていません。その結果薬局と医療機関の割合は、20年前は33%対25%でしたが、今では55%対19%に開いてしまいました。

 ちょうど20年前に医薬分業が推進され始めたので、この変化は政策によるものと考えられますが、問題はその中身です。開業医が1軒できると隣に調剤薬局が1軒できるのは日常茶飯事です。院外処方が増えると、医薬分業の優遇措置により利益も増えることが、この背景にあるとしか思えません。最大で6倍以上の負担増に見合う利益が患者にもたらされているでしょうか。調剤業務は効率化し、粉薬の調合は過去のものとなり、専門家を必要としない作業になりました。今後は自動化も進むでしょう。薬剤師の専門性をどのように発揮させるのかを明確にしなければ、医薬分業は絵に描いた餅に終わってしまいます。

 ドラッグストアで働く薬剤師が、病院の薬剤師よりも高額の収入を得やすいことも問題です。高度な専門性が要求される病院の薬剤師の待遇は改善されるべきですが、ドラッグストアの薬剤師を養成するために6年間の専門教育が必要でしょうか。医療費抑制が叫ばれる中で、このような職種は淘汰されると思います。

 実態を伴った医薬分業を進めることと、高度な専門性を必要とする現場で働く人を大事にすること、この二点は早急に改善されなければなりません。医薬分業の本来の目的は、医療チームの一員として患者の生活の質を向上させることであり、4年制が増えた看護師より上位を確保して、6年制の医師と同等の圧力団体になることではないはずです。

院長 笹壁弘嗣
新庄朝日第813号 平成29年5月15日(月) 掲載

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