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トップページ > 院長のコラム > Vol.22

Vol.22 医療過誤防止の歴史

新庄徳洲会病院   院長 笹壁弘嗣(ささかべひろし)
 医療過誤への取り組みが進んでいる米国でも、1847年に創立された医師会の倫理綱領には、「同業の医師を批判してはいけない」「医師同士の討議内容を患者に知らせてはいけない」とあります。このような閉鎖的な医療界にあって、医療過誤防止のために、情報を収集・分析し、その結果を公表する試みを行ったのは、外科医であるアーネスト・コドマンです。

 コドマンが医学生であった19世紀末に普及した全身麻酔は、主に医学生の仕事でした。麻酔が原因で多くの人が死んでいくのを目の当たりにした彼は、麻酔を安全に行うためにチャート型麻酔記録を考案します。これが現在でも使われている麻酔記録の原型となります。

 マサチューセッツ総合病院で外科医となったコドマンは、自分たちの医療行為が患者にどのような結果をもたらしたかを調査し、役に立たなかった場合はその理由を調べ、診療の改善に役立てるシステムを考案します。1910年には臨床外科協会の病院標準化委員会の議長となり、このシステムの普及に努めますが、自分の病院にも受け入れられず、退職し開業します。1915年には規制の権威を戯画で批判したため、委員会議長の役職も解かれてしまいます。

 晩年には自らをドン・キホーテにたとえ、「自分の教師にではなく、生徒に認められることが重要であるということを悟りもしない連中を相手に多大な時間を無駄にした」と嘆いています。しかし、「私の信念は3〜4世代後に受け入れられると信じ、そのために働いたから幸福だった」とも語っています。

 彼が議長を務めた委員会は、1952年に医療施設評価合同委員会となり、1995年からは医療過誤の情報収集と原因分析を行うようになりました。同じ年には、米国医師会もそれまでの方針を180°転換し、医療過誤の防止のために全米患者安全基金を設立します。

 さらに2001年には、当時のクリントン大統領の指示で、医療安全センターも設立されます。彼の主張は、没後60年を経て米国医療界に受け入れられるのです。その根底にあるのは、「自ら行っている医療の正当性を、社会に対して説明できるか」という認識で、これが今日「透明性」と「説明責任」と呼ばれているのです。

 医療に関する歴史のお話は、一応この辺で終わりにします。 医療過誤に限らず、我が国の医療を巡る問題は、現在かなり混乱していますが、これについては機会があればお話ししたいと思います。かつてないほど医療に対する不信感が高まっている我が国の現状を見るにつけ、彼の精神がます。そこには医療者側の問題もありますが、誤解も多くあると思います。歴史のお話しはこの辺で終わりにして、次回からは、現在の医療を取り巻く問題を考えてみます。