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トップページ > 院長のコラム > Vol.4

Vol.4 レントゲン写真の歴史

X線を発見したのは、ドイツ人物理学者ウィルヘルム・レントゲンです。1895年11月8日、暗室で真空管を使った実験中に、緑がかった黄色い光が発生することに気づいた彼は、この光を未知の光線 ―X線― と名づけ、2ヶ月間寝食も忘れ研究に没頭します。12月になり運命的な実験が行われます。鉛の棒を手に持ってX線に当てると、感光板にまったく予想していなかった彼自身の指の骨が鉛の棒と一緒に現れたのです。「X線は人体の一番見えにくい部分である骨をあらわにして見せることができる」と驚愕したレントゲンは、この研究を完全に秘密にして、一刻も早く発表しようと決意します。大急ぎで論文にまとめ、学会発表もせずに、その年の12月28日発行の学会誌に掲載してもらうことに成功します。

>学会誌の発表だけでは不十分と考えたレントゲンは、1896年の元日に、ヨーロッパの有力な物理学者に論文を送ります。その論文に添えられたのが、妻の手のレントゲン写真でした。この写真は論文よりはるかに強い印象を与え、1月5日の新聞で紹介されます。この新聞報道により彼の業績は瞬く間に世界中を駆け巡るのです。

X線の発生装置は簡単に作ることができたので、骨折や骨疾患の強力な診断装置として、数ヵ月後には普及し、一般人向けに「骨の記念撮影」をする業者まで現れます。1986年には骨折の治療が不適切であったことがX線で証明され、医療過誤が裁判で認められるという事態も起こります。1890年代後半にはバリウムやヨードを造影剤として用いて、食道、胃、大腸などの消化器だけでなく、尿路や大動脈の造影検査も行われるようになります。また、診断だけではなく、癌の治療への応用も1899年には始まります。

一方、X線の有害作用は早くから指摘され、1896年には皮膚に潰瘍ができることが証明され、1902年にはX線による発癌も報告されます。電球の発明で有名なトーマス・エジソンもX線を使った実験をしていましたが、1904年に、彼の助手の頭髪が抜け落ち、皮膚に潰瘍ができ死亡したため、この実験は中止されます。

X線の活用は20世紀後半に飛躍的な進歩を遂げます。1972年にはCTスキャンにより初めて人間の脳の内部が明らかになります。その後も改良が重ねられ、画像は鮮明になり、立体画像も可能となります。

レントゲンは講義や演説が非常に苦手で、学生の評判も良くなかったようです。1901年第1回ノーベル物理学賞に選ばれますが、受賞演説をしなかったことでも有名です。その後X線は様々な形で医療に応用されますが、レントゲンは医学とは無縁の研究を続けます。医学史上の大発見をしたレントゲンはあくまでも物理学者だったのです。レントゲンが現代の鮮明で立体的なレントゲン写真を見たらいったいどんな感想を持つでしょうか。

院長 笹壁弘嗣
(新庄朝日 第525号 平成17年5月15日)